夜の図書室の司書になりました!
第三章 謎解きミステリと不思議のホラー
次の日は土曜日で、学校がなかった。
朝からお母さんとお父さんと一緒に、家の中を掃除する。
毎週土曜日の午前は、それが習慣になってた。
お母さんが台所、お父さんがトイレ、私がお風呂。
ちゃんと洗えてるかどうか最後にお父さんが見てくれて、汚れが落ちてないところや、私じゃ掃除しにくいところを洗ってくれる。
それから、お昼ご飯。
この日はお母さんとサンドイッチを作った。卵、ハムとチーズ、トマトとキュウリ、それにちょっとうまく挟めなくて不格好だけど、トーストでから揚げをサンド。
「うん、おいしいよ。来週は僕と花音でお好み焼き作ろうな」
お父さんがそう言って、牛乳を入れてくれる。
これもいいけど、三島さんの紅茶もよく合いそうだな。
「花音、学校でなにかあったのかしら?」
「えっ? なんで?」
「昨日くらいから、ずいぶん生き生きしてるというか、楽しそうじゃない? 家では特になにがあったわけでもないし、そうすると学校かなって」
学校……といえばそうなんだけど、ちゃんと話してもお母さんとお父さんに分かってもらえるかっていうと……
私が「夜の図書室」っていうところに入れるようになって、本の精霊とお話ししてます、なんて。
「う……うん。ちょっとね、友達が増えて。今まで周りにいなかったタイプだから、新鮮で楽しいんだ」
嘘は言ってない。嘘は。
■
学校はもともと嫌いじゃなかったけど、週明けが来るのが待ち遠しいなんて初めてだった。
月曜日の朝、家を出て、学校で最初に行ったのは図書室。
「おはようございます、三島さん」
大人モードの三島さんは会釈して、あいさつを返してくれた。
「ああ、おはよう。この間はありがとう、お疲れ様」
「いえ、全然っ。……ところで、三島さんて、この学校に何年くらいいるんですか……?」
「私かい? どうして?」
「前に、魔法で回りをごまかしながら、歳を取らずに何年もここにいるって聞いて……純粋に気になって、です」
「ふふふ、そうか。でも、まだ内緒にしておこう。七月さんにあまりかしこまられても困る」
そうごまかされた時に、何人かの生徒が図書室に入ってきたので、私たちの内緒話はそこでおしまいになった。
確実に、図書室に来る子は増えてる。
放課後、私はまたも図書室に行った。
絵本クラブの部員らしい子たちが絵本と童話のところに、それにファンタジーの棚の前に二人。ぱっと見、図書室の本らしいものを机で読んでる子が三人。ジャンルまではわからないけど、ファンタジーとヤングアダルトかな?
よしっ、この調子。あとはミステリ、ホラー、ラブロマンスだよね。
その日もしばらく図書室で本を読んでると、遠くから雷鳴が聞こえてきた。
これが鳴りやむまでやり過ごせば、夜世界に入らずに普通の夜になるらしいんだけど、もちろんそんなつもりはない。
三島さんに目で合図して、昇降口へ向かう。
雷鳴が違くなってきた。
下駄箱に着くと、もう外が暗い。
よーし、と外へ出る。
そして一歩校舎から出て振り返ると、もう、学校のどこにも電気はついてない。
今日も来た、夜世界に。
私は図書室に戻って、ドアを開けた。
「三島さん、私今日も……って、ファンタジーさんにジュブナイルさん! それに、童話さんに絵本さん!」
もうすでにみんな、「夜の図書室」に集合してた。
でも、ファンタジーさんがじろりと横目で、三島さんをにらんでる。
「おい、ミシマエル。機嫌は直ったのか?」
機嫌?
「三島さん、なにか怒ってるんですか?」
三島さんは、眼鏡をくいっと直してにこやかに答えてきた。
「いいや、全然」
そういえば三島さんて、ジュブナイルさんと顔が似てるんだよね。二人とも優しそうだからそう見えるのかも。
眼鏡取って髪の毛の色が同じになったら、見分けつかないかもな。
「よく言うぜ。昨夜、花音を危険な目に遭わせたってこんこんとおれとジュブナイルに説教くれたくせに」
「それはそうだろう。貴重な司書だ。これからはそんなことのないようにな」
「えっ、私大丈夫ですよ! ファンタジーさん、しっかり守ってくれましたよ!」
私がそう言うと、三島さんじゃなくてファンタジーさんのほうが首を横に振ってきた。
「いや、あの背後から来た蛇みたいな形した『使い』な。ちょっとすれすれだったよ、悪かった。今日からは絶対に花音に危険は近づけさせねえよ」
「ど……どうも」
「僕もだよ、花音ちゃん。ファンタジーほど強くはないけど、君のことは守ってみせるからね」
「ありがとうございます……って、腕の傷は大丈夫なんですか?」
ジュブナイルさんは腕をまくった。
昨日の傷が、きれいさっぱり消えてる。
「この通り。見かけほどやわじゃないんだよ、僕だって」
「あっ、いえそんなつもりでは」
「まあジュブナイルのやつは見た感じ普通の人間と変わらねえから分かりづらいだろうが、たとえば花音の同級生が十人やそこらで一斉に襲い掛かっても、問題なく全員返り討ちにするくらいの力はあるぞ」
そうなんだ。
失礼ながら、そんなふうには見えないけども。
「花音ちゃん、今、そんなふうには見えないなって思ったよね」
ジュブナイルさんが、そっと私の手を取った。
「えっ!?」
ひんやりとした感触が伝わってきて、私の手は逆に汗ばんじゃう。
「細い指だ。人間の女の子が、こんなにか弱い体で僕を助けてくれたこと、決して忘れないよ」
それを見た絵本さんが角をぴこぴこと振って、
「ジュブナイル……ラブロマンスがうつったんじゃないのか」
とつぶやいた。
「えっと、さ、さあ、今日も行きましょうか! 魔法書を出してっと!」
もたつく手でなんとかポケットからスマホを取り出して、ストラップをつまむ。
「じゃあ、行きましょう! なんだか、仲間が増えた感じで心強いですよねっ!」
そうして私たちは出発した。三島さんはやっぱり図書室から出られないので、先頭がファンタジーさん、次に私と童話さんと絵本さん、後ろにジュブナイルさんと。並んでいく。
絵本さんが私の肩のあたりを飛びながら、
「この方向、どこに向かってるんですかねえ?」
と前のほうの暗闇に目を凝らす。
「うーん、この方向だと特別教室のどこかかなあ」
そう私が予想したとおり、魔法書は美術室の前でぴたりと止まった。
「よし、下がってろ花音。ジュブナイル、後ろ見ててくれよ……開けるぞ」
ファンタジーさんが引き戸を開けた。
中にはやっぱり、黒い布が張り巡らされてて、蜘蛛の巣を思わせる空間の奥に人影が見えた。
美術室のつくりは現実世界と変わらないのに、「夜の底の使い」がいると、まるで魔物の巣みたいに見える。
「ミステリ! 待ってろ、今助けるぞ!」
ファンタジーさんが剣を抜いて駆け出す。
そこに、黒い布が一斉に群がってきた。
確かに一瞬前は布にしか見えなかったのに、ファンタジーさんに襲い掛かってきた黒い影は、蛇やトカゲみたいな形に変化してる。
それを、ファンタジーさんの剣がどんどんなぎ払っていった。
「花音ちゃん、僕から離れないで」
そう言ったジュブナイルさんの手には、いつの間にか、弓矢がある。
「わっ!? どうしたんですか、それ!?」
「ファンタジーからの借りものだよ。なぜか和弓だけど、和風ファンタジーの武器ってところかな」
ジュブナイルさんが、ファンタジーさんの後ろから襲い掛かろうとしてた、オオカミみたいな形の影を矢で打ち抜いた。
それから、私たちのほうに顔を向けてた、カラスみたいな影が三羽いたのも、立て続けに撃ち落とす。
「す、すごい!? うまいですね!?」
「言ったでしょ、君を守るって」
……こんな時になんだけど、学生服で弓矢を撃つ姿って、すごく絵になるなあ……。
童話さんと絵本さんが「ひゃああっ!?」「ひええっ!」と叫びながら、それでも、ネズミくらいの小さな影をぺしぺしと叩いてつぶしてる。
……もしかして、役に立ってないの、私だけなのでは?
「花音ちゃん、自分だけ活躍してないなあとか思ってない?」
「……ジュブナイルさん、エスパーなんですか?」
「言っとくけど、こんなにあっさりミステリや僕のいるところにたどり着けたのは、君のおかげだからね。魔法書だって、司書がいなければ発動しないんだ。ピンチとか活躍とか以前に、君がいなければミステリを見つけることさえできなかったんだから。今は僕らの頑張りどころっていうだけだよ」
「うう、そう言ってもらえると」
朝からお母さんとお父さんと一緒に、家の中を掃除する。
毎週土曜日の午前は、それが習慣になってた。
お母さんが台所、お父さんがトイレ、私がお風呂。
ちゃんと洗えてるかどうか最後にお父さんが見てくれて、汚れが落ちてないところや、私じゃ掃除しにくいところを洗ってくれる。
それから、お昼ご飯。
この日はお母さんとサンドイッチを作った。卵、ハムとチーズ、トマトとキュウリ、それにちょっとうまく挟めなくて不格好だけど、トーストでから揚げをサンド。
「うん、おいしいよ。来週は僕と花音でお好み焼き作ろうな」
お父さんがそう言って、牛乳を入れてくれる。
これもいいけど、三島さんの紅茶もよく合いそうだな。
「花音、学校でなにかあったのかしら?」
「えっ? なんで?」
「昨日くらいから、ずいぶん生き生きしてるというか、楽しそうじゃない? 家では特になにがあったわけでもないし、そうすると学校かなって」
学校……といえばそうなんだけど、ちゃんと話してもお母さんとお父さんに分かってもらえるかっていうと……
私が「夜の図書室」っていうところに入れるようになって、本の精霊とお話ししてます、なんて。
「う……うん。ちょっとね、友達が増えて。今まで周りにいなかったタイプだから、新鮮で楽しいんだ」
嘘は言ってない。嘘は。
■
学校はもともと嫌いじゃなかったけど、週明けが来るのが待ち遠しいなんて初めてだった。
月曜日の朝、家を出て、学校で最初に行ったのは図書室。
「おはようございます、三島さん」
大人モードの三島さんは会釈して、あいさつを返してくれた。
「ああ、おはよう。この間はありがとう、お疲れ様」
「いえ、全然っ。……ところで、三島さんて、この学校に何年くらいいるんですか……?」
「私かい? どうして?」
「前に、魔法で回りをごまかしながら、歳を取らずに何年もここにいるって聞いて……純粋に気になって、です」
「ふふふ、そうか。でも、まだ内緒にしておこう。七月さんにあまりかしこまられても困る」
そうごまかされた時に、何人かの生徒が図書室に入ってきたので、私たちの内緒話はそこでおしまいになった。
確実に、図書室に来る子は増えてる。
放課後、私はまたも図書室に行った。
絵本クラブの部員らしい子たちが絵本と童話のところに、それにファンタジーの棚の前に二人。ぱっと見、図書室の本らしいものを机で読んでる子が三人。ジャンルまではわからないけど、ファンタジーとヤングアダルトかな?
よしっ、この調子。あとはミステリ、ホラー、ラブロマンスだよね。
その日もしばらく図書室で本を読んでると、遠くから雷鳴が聞こえてきた。
これが鳴りやむまでやり過ごせば、夜世界に入らずに普通の夜になるらしいんだけど、もちろんそんなつもりはない。
三島さんに目で合図して、昇降口へ向かう。
雷鳴が違くなってきた。
下駄箱に着くと、もう外が暗い。
よーし、と外へ出る。
そして一歩校舎から出て振り返ると、もう、学校のどこにも電気はついてない。
今日も来た、夜世界に。
私は図書室に戻って、ドアを開けた。
「三島さん、私今日も……って、ファンタジーさんにジュブナイルさん! それに、童話さんに絵本さん!」
もうすでにみんな、「夜の図書室」に集合してた。
でも、ファンタジーさんがじろりと横目で、三島さんをにらんでる。
「おい、ミシマエル。機嫌は直ったのか?」
機嫌?
「三島さん、なにか怒ってるんですか?」
三島さんは、眼鏡をくいっと直してにこやかに答えてきた。
「いいや、全然」
そういえば三島さんて、ジュブナイルさんと顔が似てるんだよね。二人とも優しそうだからそう見えるのかも。
眼鏡取って髪の毛の色が同じになったら、見分けつかないかもな。
「よく言うぜ。昨夜、花音を危険な目に遭わせたってこんこんとおれとジュブナイルに説教くれたくせに」
「それはそうだろう。貴重な司書だ。これからはそんなことのないようにな」
「えっ、私大丈夫ですよ! ファンタジーさん、しっかり守ってくれましたよ!」
私がそう言うと、三島さんじゃなくてファンタジーさんのほうが首を横に振ってきた。
「いや、あの背後から来た蛇みたいな形した『使い』な。ちょっとすれすれだったよ、悪かった。今日からは絶対に花音に危険は近づけさせねえよ」
「ど……どうも」
「僕もだよ、花音ちゃん。ファンタジーほど強くはないけど、君のことは守ってみせるからね」
「ありがとうございます……って、腕の傷は大丈夫なんですか?」
ジュブナイルさんは腕をまくった。
昨日の傷が、きれいさっぱり消えてる。
「この通り。見かけほどやわじゃないんだよ、僕だって」
「あっ、いえそんなつもりでは」
「まあジュブナイルのやつは見た感じ普通の人間と変わらねえから分かりづらいだろうが、たとえば花音の同級生が十人やそこらで一斉に襲い掛かっても、問題なく全員返り討ちにするくらいの力はあるぞ」
そうなんだ。
失礼ながら、そんなふうには見えないけども。
「花音ちゃん、今、そんなふうには見えないなって思ったよね」
ジュブナイルさんが、そっと私の手を取った。
「えっ!?」
ひんやりとした感触が伝わってきて、私の手は逆に汗ばんじゃう。
「細い指だ。人間の女の子が、こんなにか弱い体で僕を助けてくれたこと、決して忘れないよ」
それを見た絵本さんが角をぴこぴこと振って、
「ジュブナイル……ラブロマンスがうつったんじゃないのか」
とつぶやいた。
「えっと、さ、さあ、今日も行きましょうか! 魔法書を出してっと!」
もたつく手でなんとかポケットからスマホを取り出して、ストラップをつまむ。
「じゃあ、行きましょう! なんだか、仲間が増えた感じで心強いですよねっ!」
そうして私たちは出発した。三島さんはやっぱり図書室から出られないので、先頭がファンタジーさん、次に私と童話さんと絵本さん、後ろにジュブナイルさんと。並んでいく。
絵本さんが私の肩のあたりを飛びながら、
「この方向、どこに向かってるんですかねえ?」
と前のほうの暗闇に目を凝らす。
「うーん、この方向だと特別教室のどこかかなあ」
そう私が予想したとおり、魔法書は美術室の前でぴたりと止まった。
「よし、下がってろ花音。ジュブナイル、後ろ見ててくれよ……開けるぞ」
ファンタジーさんが引き戸を開けた。
中にはやっぱり、黒い布が張り巡らされてて、蜘蛛の巣を思わせる空間の奥に人影が見えた。
美術室のつくりは現実世界と変わらないのに、「夜の底の使い」がいると、まるで魔物の巣みたいに見える。
「ミステリ! 待ってろ、今助けるぞ!」
ファンタジーさんが剣を抜いて駆け出す。
そこに、黒い布が一斉に群がってきた。
確かに一瞬前は布にしか見えなかったのに、ファンタジーさんに襲い掛かってきた黒い影は、蛇やトカゲみたいな形に変化してる。
それを、ファンタジーさんの剣がどんどんなぎ払っていった。
「花音ちゃん、僕から離れないで」
そう言ったジュブナイルさんの手には、いつの間にか、弓矢がある。
「わっ!? どうしたんですか、それ!?」
「ファンタジーからの借りものだよ。なぜか和弓だけど、和風ファンタジーの武器ってところかな」
ジュブナイルさんが、ファンタジーさんの後ろから襲い掛かろうとしてた、オオカミみたいな形の影を矢で打ち抜いた。
それから、私たちのほうに顔を向けてた、カラスみたいな影が三羽いたのも、立て続けに撃ち落とす。
「す、すごい!? うまいですね!?」
「言ったでしょ、君を守るって」
……こんな時になんだけど、学生服で弓矢を撃つ姿って、すごく絵になるなあ……。
童話さんと絵本さんが「ひゃああっ!?」「ひええっ!」と叫びながら、それでも、ネズミくらいの小さな影をぺしぺしと叩いてつぶしてる。
……もしかして、役に立ってないの、私だけなのでは?
「花音ちゃん、自分だけ活躍してないなあとか思ってない?」
「……ジュブナイルさん、エスパーなんですか?」
「言っとくけど、こんなにあっさりミステリや僕のいるところにたどり着けたのは、君のおかげだからね。魔法書だって、司書がいなければ発動しないんだ。ピンチとか活躍とか以前に、君がいなければミステリを見つけることさえできなかったんだから。今は僕らの頑張りどころっていうだけだよ」
「うう、そう言ってもらえると」