夜の図書室の司書になりました!
「僕は、少し弱気になっていたみたいだね。花音ちゃんの言うとおりだ。なにも、自分から消えてしまうことはないんだ。人も本もすべてのものは、いつかやがて形を失い、無に帰していくんだから……。でも、人の思いは、きっといつまでも残り続けるよね。時に口伝えで、時に物語として。本当は、それだけでいいんだよね……」
まるで詩の朗読みたいに、ジュブナイルさんがそう語った。
人間が同じふうに言うと変な感じになりそうだけど、なぜかこの人の話は、そうして告げられるのが自然なんだなと思えて、違和感がない。
「おお、調子が出てきたじゃねえか。ジュブナイルってジャンルは、人の心のつながりや変化を繊細に表現するのも魅力の一つだもんな」
「うん。ありがとう、花音ちゃん、みんな。僕は、『夜の図書室』に戻るよ。花音ちゃんが僕の望みをかなえてくれてた今なら、……自信をもって存在できる」
ファンタジーさんがどこからともなく包帯を取り出して、ジュブナイルさんの傷に巻いた。
ジュブナイルさんはズボンのポケットから自分のハンカチを出して腕の血をふき取ると、右手を私に差し出した。
「これからよろしく、かわいい司書さん」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ。ジュブナイルさん」
ジュブナイルさんと握手した。
ちょっとひんやりした細い指が、くすぐったかった。
■
「七月さん、すごいね。昨日と今日で、もう二人目を」
「い、いえ、ファンタジーさんのおかげですよ。ジュブナイルさんの望みも、私にできることだったっていうか、私じゃなくてもできることでしたし」
みんなで「夜の図書室」に戻ってくると、なんだか恒例みたいになってきたけど、三島さんが入れてくれた紅茶でお茶会になった。
「花音ちゃん、なに言ってるの。僕は、君がいい子だから友達になってくれて喜んでるんだよ」
「お前、さっき会ったばっかりだろ。なんで花音がいい子だなんて分かるんだよ」
ファンタジーさんが半目で言う。
「だって、ファンタジーがこんなになついてる女の子なんて初めてだもの。いい子に決まってるじゃない」
「な、なつ……? おれが?」
「そうだよ、ここに帰ってくるまでだって、自分が通路側で花音ちゃんを壁側にしてあげて。あんな気遣い、人にしたことある?」
「そりゃ万が一『夜の底の使い』が出てきたら困るからだろうが。そういうお前のほうが、けが人のくせに花音の前歩きやがって」
「僕のせいで、花音ちゃんをこれ以上怖い目に遭わせるわけにいかないからね。夜道のレディの露払いくらいするよ」
……レディって、私のことだろうか?
同級生どころか家族からも、そんな扱いを受けたことない気がするな……。
「さ、花音ちゃん、こちらへどうぞ」
ジュブナイルさんが、お茶の用意されたテーブルの前で、椅子を引いてくれた。
もちろん、こんなことされたことない。
「あっ、はいっ? し、失礼します」
私がちょこんと座ると、ジュブナイルさんもその隣に自分の椅子を寄せて座った。
なんだか……男の子からかいだことのない、いいにおいがする。
「花音ちゃん、砂糖はいくつ?」
「お前ジュブナイル、花音だって自分の分くらい自分で入れるだろ」
ジュブナイルさんが、軽く握った手を口元に持っていって、わざとらしく笑った。
「あれ、ファンタジーってば、妬いてる?」
ファンタジーさんは、持ち上げかけたカップを受け皿に戻す。
「誰が妬くかっ!?」
「そうかなあ。こんなにかわいい司書さんのナイト役を取られたら、僕だったら嫉妬しちゃうけどね」
私のすぐ横で、ジュブナイルさんが微笑んだ。
顔立ちがかなり……ほぼ人間離れしてきれいなので、ファンタジーさんの笑顔とはまた違った威力がある。
「ジュ、ジュブナイルさんっ。さっきもそうなんですけど、あんまりかわいいとか言われると、ちょっと」
「ちょっと? なにかいけなかった?」
「お世辞で言ってくれてるって分かりますよ、分かるんですけど、なんて答えていいか分からないというかっ」
「お世辞?」
ジュブナイルさんが首をかしげた。さっきのわざとらしい感じじゃなくて、本当に不思議そうに。
「ファンタジー、花音ちゃんにかわいいって言うの、お世辞になってる? 本当にかわいいよね?」
「な、なんで人に振るんですかっ。そんなの、ファンタジーさんも返事に困るのにっ!?」
「ああ? 困らねえよ別に。花音、鏡見たことあるだろ?」
……鏡?
「ありますけど……それがなんなんですか?」
ちょっと身構えながらそう言ったら。
「なら分かるだろうが、自分がかわいいってことが。なにも困ることねえだろ」
「なっ……! ふ、普通です普通! たぶん……」
そうだ、ファンタジーさんはこういうことを結構あっさり言う人だった。
えっ、でも、これが精霊の人たちにとっては普通なの?
それか、人間はみんなかわいく見えるとか? ……っていうのはさすがに卑屈すぎるかな。
ふと見ると、三島さんがくすくすと笑ってる。
「なにがおかしいんですかっ」
「いいや。二人とも本心で言ってるんだよ。ここは素直に受け取っておいてあげて欲しい」
恥ずかしさで顔が熱くなりながらも、私はうなずいた。
「う、ううう……はいぃ」
「じゃあ、この紅茶で乾杯しようぜ。ジュブナイルの帰還に!」
「ありがとう、みんな。そして新たなる僕らの友達、花音ちゃんに!」
「えっ!? お、おー!?」
私たちはカップを軽く掲げて、カップを持てない童話さんと絵本さんは「ですう!」「にゃー!」と歓声を上げた。
■
次の日の朝。
顔を洗って、着替えて、いつもよりまじまじと鏡を見ちゃう。
……自分の顔だから、いいか悪いかなんてよく分からないけど。
あんなにまっすぐに、かわいいなんて言われたの初めてだな……。
顔をほてらせたまま登校して――だってどうしようもない――、授業が始まる前に、私は図書室に寄った。
こんな時間に来ても、生徒なんて誰もいないかもしれないけど。
図書室の引き戸を開けた。
左手のカウンターに、三島さんがいる。
近づいてあいさつすると、三島さんは眼鏡のふちを指先でつまんで位置を整えながら、奥の本棚に視線を送った。
そちらを見てみると、ファンタジーの棚の前には、本を手に取って開いている女子が二人。
ジュブナイル――ヤングアダルトの前は、背表紙を見ながら歩いている男子が一人いた。
「まだ本調子とはいかないけどね。少しずついいほうに向かってるよ」
「……はい!」
うれしい気持ちで、胸がいっぱいになる。
ファンタジーさんに続いて、ジュブナイルさんも。やった!
飛び跳ねそうになって、慌てて我慢する。
三島さんに頭を下げて、図書室を出た。
教室まで、スキップしちゃいそうだった。
まるで詩の朗読みたいに、ジュブナイルさんがそう語った。
人間が同じふうに言うと変な感じになりそうだけど、なぜかこの人の話は、そうして告げられるのが自然なんだなと思えて、違和感がない。
「おお、調子が出てきたじゃねえか。ジュブナイルってジャンルは、人の心のつながりや変化を繊細に表現するのも魅力の一つだもんな」
「うん。ありがとう、花音ちゃん、みんな。僕は、『夜の図書室』に戻るよ。花音ちゃんが僕の望みをかなえてくれてた今なら、……自信をもって存在できる」
ファンタジーさんがどこからともなく包帯を取り出して、ジュブナイルさんの傷に巻いた。
ジュブナイルさんはズボンのポケットから自分のハンカチを出して腕の血をふき取ると、右手を私に差し出した。
「これからよろしく、かわいい司書さん」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ。ジュブナイルさん」
ジュブナイルさんと握手した。
ちょっとひんやりした細い指が、くすぐったかった。
■
「七月さん、すごいね。昨日と今日で、もう二人目を」
「い、いえ、ファンタジーさんのおかげですよ。ジュブナイルさんの望みも、私にできることだったっていうか、私じゃなくてもできることでしたし」
みんなで「夜の図書室」に戻ってくると、なんだか恒例みたいになってきたけど、三島さんが入れてくれた紅茶でお茶会になった。
「花音ちゃん、なに言ってるの。僕は、君がいい子だから友達になってくれて喜んでるんだよ」
「お前、さっき会ったばっかりだろ。なんで花音がいい子だなんて分かるんだよ」
ファンタジーさんが半目で言う。
「だって、ファンタジーがこんなになついてる女の子なんて初めてだもの。いい子に決まってるじゃない」
「な、なつ……? おれが?」
「そうだよ、ここに帰ってくるまでだって、自分が通路側で花音ちゃんを壁側にしてあげて。あんな気遣い、人にしたことある?」
「そりゃ万が一『夜の底の使い』が出てきたら困るからだろうが。そういうお前のほうが、けが人のくせに花音の前歩きやがって」
「僕のせいで、花音ちゃんをこれ以上怖い目に遭わせるわけにいかないからね。夜道のレディの露払いくらいするよ」
……レディって、私のことだろうか?
同級生どころか家族からも、そんな扱いを受けたことない気がするな……。
「さ、花音ちゃん、こちらへどうぞ」
ジュブナイルさんが、お茶の用意されたテーブルの前で、椅子を引いてくれた。
もちろん、こんなことされたことない。
「あっ、はいっ? し、失礼します」
私がちょこんと座ると、ジュブナイルさんもその隣に自分の椅子を寄せて座った。
なんだか……男の子からかいだことのない、いいにおいがする。
「花音ちゃん、砂糖はいくつ?」
「お前ジュブナイル、花音だって自分の分くらい自分で入れるだろ」
ジュブナイルさんが、軽く握った手を口元に持っていって、わざとらしく笑った。
「あれ、ファンタジーってば、妬いてる?」
ファンタジーさんは、持ち上げかけたカップを受け皿に戻す。
「誰が妬くかっ!?」
「そうかなあ。こんなにかわいい司書さんのナイト役を取られたら、僕だったら嫉妬しちゃうけどね」
私のすぐ横で、ジュブナイルさんが微笑んだ。
顔立ちがかなり……ほぼ人間離れしてきれいなので、ファンタジーさんの笑顔とはまた違った威力がある。
「ジュ、ジュブナイルさんっ。さっきもそうなんですけど、あんまりかわいいとか言われると、ちょっと」
「ちょっと? なにかいけなかった?」
「お世辞で言ってくれてるって分かりますよ、分かるんですけど、なんて答えていいか分からないというかっ」
「お世辞?」
ジュブナイルさんが首をかしげた。さっきのわざとらしい感じじゃなくて、本当に不思議そうに。
「ファンタジー、花音ちゃんにかわいいって言うの、お世辞になってる? 本当にかわいいよね?」
「な、なんで人に振るんですかっ。そんなの、ファンタジーさんも返事に困るのにっ!?」
「ああ? 困らねえよ別に。花音、鏡見たことあるだろ?」
……鏡?
「ありますけど……それがなんなんですか?」
ちょっと身構えながらそう言ったら。
「なら分かるだろうが、自分がかわいいってことが。なにも困ることねえだろ」
「なっ……! ふ、普通です普通! たぶん……」
そうだ、ファンタジーさんはこういうことを結構あっさり言う人だった。
えっ、でも、これが精霊の人たちにとっては普通なの?
それか、人間はみんなかわいく見えるとか? ……っていうのはさすがに卑屈すぎるかな。
ふと見ると、三島さんがくすくすと笑ってる。
「なにがおかしいんですかっ」
「いいや。二人とも本心で言ってるんだよ。ここは素直に受け取っておいてあげて欲しい」
恥ずかしさで顔が熱くなりながらも、私はうなずいた。
「う、ううう……はいぃ」
「じゃあ、この紅茶で乾杯しようぜ。ジュブナイルの帰還に!」
「ありがとう、みんな。そして新たなる僕らの友達、花音ちゃんに!」
「えっ!? お、おー!?」
私たちはカップを軽く掲げて、カップを持てない童話さんと絵本さんは「ですう!」「にゃー!」と歓声を上げた。
■
次の日の朝。
顔を洗って、着替えて、いつもよりまじまじと鏡を見ちゃう。
……自分の顔だから、いいか悪いかなんてよく分からないけど。
あんなにまっすぐに、かわいいなんて言われたの初めてだな……。
顔をほてらせたまま登校して――だってどうしようもない――、授業が始まる前に、私は図書室に寄った。
こんな時間に来ても、生徒なんて誰もいないかもしれないけど。
図書室の引き戸を開けた。
左手のカウンターに、三島さんがいる。
近づいてあいさつすると、三島さんは眼鏡のふちを指先でつまんで位置を整えながら、奥の本棚に視線を送った。
そちらを見てみると、ファンタジーの棚の前には、本を手に取って開いている女子が二人。
ジュブナイル――ヤングアダルトの前は、背表紙を見ながら歩いている男子が一人いた。
「まだ本調子とはいかないけどね。少しずついいほうに向かってるよ」
「……はい!」
うれしい気持ちで、胸がいっぱいになる。
ファンタジーさんに続いて、ジュブナイルさんも。やった!
飛び跳ねそうになって、慌てて我慢する。
三島さんに頭を下げて、図書室を出た。
教室まで、スキップしちゃいそうだった。