キミの言霊は恋の色を描く

キミの言霊は恋の色を描く



 ――場所は、高校体育館。
 私は校内のミスコン優勝が伝えられてから歓喜の声に包まれるなか、ステージ上で王冠をかぶり、赤いマントを身にまといながら、片手にトロフィー。そしてもう片手では観客に愛想よく手を振る。
 しかしその一方で、このミス城之内に選ばれたらある人に告白をすると決めていた。
 「付き合ってるフリでもいいから」なんて、みっともなくすがりつくことになるとは思いもよらずに……。


****


 ――次に目を開けたら天井が視界に入った。
 見慣れ始めている光景にまたかとため息をつく。

「2年5組の柴谷耶枝(しばたにやえ)さんね。貧血でまた倒れちゃったかぁ」

 カーテンの向こうから養護教諭の声が届いた。”また”という言葉が常連者を位置づけている。
 今日は誰がこの保健室まで運んでくれたかが気になってカーテンを三センチほど開くと、養護教諭の隣にいたのは最近やたらとアピールしてくる隣のクラスの男子の姿が。

「彼女が目を覚ましたらキミが運んでくれたことを伝えるから、クラスと名前を聞いてもいい?」
「2年4組の大芝さとるです」
「大芝くんね。ありがとう。大変だったでしょう」
「い、いえ……。あの、先生っ!」
「ん、なぁに?」

 彼は音色が切り替わったと同時にメガネを光らせた。

「僕がここへ連れてきたことを絶対彼女に伝えてくださいね」

 私はその絶対という”お決まり”言葉にがっくりと肩を落とす。なぜなら、ここへ運んでくれた人のほとんどが自分の手柄を知ってほしいから。私はいつしかその”お決まり”に下心しか見えなくなっていた。
 だから、探していた。マネキンの中身を見てくれる人を。



 ――しかし、いまから3ヶ月前にそれは偶然訪れた。
 心の中のキャンパスに、色という輝きが与えられるなんて思いもよらずに……。

 梅雨明けしたばかりのある日、気圧変動によりいつにも増して体調が不安定だった。体育の授業中にバレーボールをしていたら、急に視界がぐわんと回り、次に目を覚ましたときは保健室のベッドのうえ。
 意識が戻ってまたかと落胆している最中、カーテンの向こう側から誰かの話し声が聞こえてきたので上半身を起こした。カーテンの隙間から様子を見ると、そこには同じクラスの勅使河原瑠依(てしがわらるい)くんの姿が。
 彼はナチュラルヘアーで身長は175センチ前後。教室の窓際の席でいつも本を読んでるイメージ。声を聞いたのは数回程度。ひょっとしたら人の輪に入るのが苦手かもしれない。

「彼女が目を覚ましたらキミが運んでくれたことを伝えるから、クラスと名前を聞いてもいい?」

 養護教諭の問いかけに、また”お決まり”が伝えられると思っていた。覚悟を決めるが、彼は首を横に振る。

「別に伝えなくていいです」
「えっ、でも彼女は誰が保健室に運んでくれたか知りたいだろうし」
「知らなくていい。お礼なんて求めてないから」
「……本当に伝えなくていいの?」
「はい。では失礼します」

 彼は表情一つ変えずに保健室を出て行く。
 私を運んだことを名乗り出なかったのは彼が初めて。そのせいもあって、扉を出ていく背中が印象的だった。

 ベッドから足を下ろすと、上履きのうえに一台のスマホが落ちていた。もしかしたら、彼がベッドに寝かせてくれたときに落としたのかもしれない。
 拾い上げてからバックライトを点灯させると、茶色い三毛猫の画像が表示された。
 飼い猫かな。かわいい。
 養護教諭にスマホが落ちていたことを伝えると、落とし主を探してから返却するとのこと。でも、持ち主が彼だと信じてやまなかったから本人へ届けることにした。

 教室に戻ってから彼の元へ。

「このスマホ、もしかして勅使河原くんのかな」

 保健室で、とはあえて言わなかった。養護教諭に私を連れて来たことを名乗り出なかったから、自分から切り出すのもおかしいし。
 すると、彼はにこりと微笑む。

「うん。拾ってくれてありがとう」

 やはり、予想どおりの返答。保健室へ運んだことを言ってくれたらお礼を伝えたかったのに。
 でも、見返りを求めない姿勢が私の恋心に火をつけた。だから私は、いつものように言霊に息を吹き込む。
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