逆プロポーズではじまる交際0日婚! 〜狙うのは脚本家としての成功とXXX
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 私は嘘をつくのが得意ではない人間だ。

 いつものように先生から追加の仕事をちょうだいし、会社を出られるのは早くて21時くらいだろう。

 だから、19時の待ち合わせに間に合うはずがない。断る理由はしっかりある、午後一にでも連絡すればいい。そう思っていた。

 しかしながら、今日の先生は上機嫌だった。

「みんな、いつも私のため、ひいては日本のエンターテインメント業界のために、寝食を忘れて頑張ってくれてありがとう。私、いつもあなたたちに感謝しているのよ!」

 アバンギャルドな幾何学模様のワンピースに身を包んだ先生は、出社するなり、高らかにそう謝辞を述べた。

「さっき聞いたんスけど、なんか、昼ドラの影響らしいっすよ。人格者の社長がすんげー慕われてるやつ」

 隣の席の青木くんが耳打ちで教えてくれた。

 普段は無理難題を押し付けてくるけれど、倉本先生は根っこのシンプルな人だ。いいと思ったものは、たとえライバルがつくったものでも評価して、受け入れる。

 だけど、その受け入れ方が行き過ぎな場合もある。

 よく言えば、新しいことをすぐに取り入れる柔軟性を持っている。悪く言えば影響されやすく、昨日までと正反対のことを平気で言い出す。先生はそういう人だった。

 先生は舞台女優の受賞挨拶ように、オフィスの中央で「私が今日あるのもみんなのおかげで──」と、全社員への感謝を述べている。

「……というわけで、みんな、今日は定時に帰りなさい。家族と過ごす時間を大切にするのよ。今日という日は、もう二度と来ないのだから」

 謎の決めポーズとともに先生のスピーチが終わると、周囲から定時終業を喜ぶ拍手が響いた。青木くんに至っては、喜びのあまり立ち上がり、激しく両手のひらを打ち合わせている。

「なんか最後、オスカー女優ばりのスポットライトが見えた! 何にしろラッキー! 今日は彼女んち行くぞー!」

 私はといえば、「どうして今日に限って……」と複雑な思いで、拍手に応えながら退場する先生の後ろ姿を見送るしかないのだった。
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