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3 ぬらつぬ 2022年10月8日(土) 21時21分55秒
じゃあ次、おれ……。
ども……。
さっき家に帰ってきたばっかりで、スマホいじってるところ。
報告のつもりで、つらつら書いてみる。
おれのスペック
中学生 サッカー部。
先週の日曜日。
その日おれは、暇で暇でしょうがなくてさ。
だけど、あいにく友達もみーんな部活とか塾で、誘いを断られちゃって。
珍しく、家で寝っ転がってる気分でもなかったおれは、なんとなく電車に乗って、降りたことのない駅に行ってみよう、なんて思い立ったんだ。
でもこれ、おれにとっては、地球がぐるんと裏返って、地上とマントルが裏表逆になるぐらいの、めちゃくちゃ珍しい思いつきだったんだ。
だから、なのかもなー。
あんな体験をすることになってしまったのは。
今となっては、あんな思いつき、やんなきゃよかったって、後悔してる。
でもその時のおれは、みじんも後悔する予定はなかったから。
珍しく遠出でもしてみるかなんて、ちょっとわくわくしてた。
財布とスマホを持って、目についた聞いたことのない駅までのキップを買ったよ。
片道、四十五分なんて道のりだったけど、ふしぎと苦痛は感じなかった。
ついたら、何をしようか、なんてのん気に考えてた。
やがて、たどり着いたのはイチョウ並木がよく見える、無人駅だった。
改札にキップを通し、駅舎を出てみると、さびれた古い通りが続く。
そこには赤や緑の鮮やかなのれんが目を引く露店の屋台が、ずらりと並んでいた。
『やきそば』、『わたあめ』、『人形やき』、『氷』、『やきとり』、『たこやき』、『バナナチョコレート』、『フランクフルト』、『りんご飴』。
お祭り?
そのわりには、人通りが少ないと思った。
こんなにも屋台が並んでいるのにあまりにも、静かだった。
不思議に思いながらも、小腹が空いたのもあって、屋台を見て回ることにした。
ふと、異様な黄色いのれんが目に入った。
聞いたこともない名前が、のれんにでかでかと書かれている。
屋台では、おじいさんがのんびりとポータブルテレビで国営放送を見ていた。
この人が店主かな。
店先にずらりと並んだものを指さし、聞いてみる。
「あの、〝これ〟ってなんなんですか」
「【ぬらつぬ】だよ」
「ぬらつぬ?」
「この土地の名産品。知らねえの?」
「聞いたことないなあ。食べ物?」
「買ってみりゃ、わかるんじゃねえの。これはそういうもんなんだよ」
スッキリしない説明だなー。
はぐらかされている?
でも、聞いたことのない名前の商品に、おれはかなり興味をひかれていた。
買うからには、きちんと納得してから買いたい。
おれは、店主のおじいさんに質問を続けた。
「これがなんなのか、ちゃんと教えてくださいよ」
「手に取って見てみりゃ、わかるだろ」
なんで、おじいさんのほうがムッとしてるんだよ。
気難しい人だなあと、ふてくされつつ、しぶしぶ並んでいる商品を手に取った。
スーパーの惣菜コーナーでよく見るような、透明のパック。
それに丸くて黄色いものが、ギュッとつめこまれていた。
つるつるとしているが、これがなんなのかといわれれば、やはり見たことのないもの、と答えるほかなかった。
ふわ、とにおいが漂う。
これが、ぬらつぬのにおい――?
甘くて、こうばしいにおい。
奇妙な名前にしては、ものすごくいいにおいだと思った。
「これが、ほんとうに、ぬらつぬ……なの?」
「そうだよ」
「原材料は? 原産地は? 発祥は? 値段は? 賞味期限はあるの?」
「おまえなあ、持ってるそれで、自分で調べてみりゃあいいだろ」
店主は、おれのズボンポケットを指さした。
そこには、スマホが入れてあった。
「明日になっても、まだ〝これ〟のことが気になってたんなら、買いに来な。本当に欲しいものだったんなら、時間がたっても忘れられないはずだろ」
そういって、店主はニヤリと笑い、黄色いそれがつまったパックを店頭に並べ直した。
大量のぬらつぬたちは、まだひとつも売れているようすがなかった。
こんな得体の知れないもの、売れるはずない。
自分も、いっときの興味で欲が出ているだけだよな。
家に帰ったら、すっかり忘れてるに決まってる。
そう自分を納得させて、おれはその屋台から立ち去った。
帰りの電車内。
おれの頭のなかは、ぬらつぬでいっぱいだった。
ぬらつぬからただよってきた、シロップみたいな甘いにおいが、脳にしつこくこびりついている。
あの甘ったるいにおいが、頭のなかに充満している。
サーターアンダギーだとか、ベビーカステラだとか、そんなふんわりとしたにおいじゃない。
きらきらとしていて、ちかちかと弾ける、キラキラとした強烈なにおい。
まるで神さまの体臭のような、嗅いだら頭のなかが、じゅわりと満たされていく、すばらしいにおいなんだ。
あれは食べ物、なんだろうか。
いや、でもプラスチックのようにも見えた。
あるいは、生き物?
深海生物や、ただじっとしているだけの貝のようなもの……?
ぬらつぬのにおいを思い出すと、心臓がばくばくと胸をうった。
また、あのにおいを嗅ぎたい。
あのにおいで、胸を満たしたい。
あの、つるりとした表面に触れたい、なでたい。
ぬらつぬが、ほしい。
――ガタン、と電車が停まった。
ハッとした。
我を忘れていたみたいだ。
いや、もうアレのことは忘れよう。
気にするだけ、時間のむだ……。
そう決心し、そのあとはただ、窓の外をボーッと見つめていた。
次の週の、金曜日。
おれは友人たちの誘いも断り、再びあの駅に降り立った。
一直線に『ぬらつぬ』と書かれた黄色いのれんの前に立つ。
店主のおじいさんは今日も、ポータブルテレビで国営放送を見ていた。
「ぬらつぬを……ください」
「おお、買いに来たな。決心がついたのか」
「ここの名産品なんでしょ。わからないなら買ってみたらって、おじいさんがいったんじゃない」
「ああ、まあな」
店主が小さいビニール袋に透明パックを入れ、おれに差し出しながらいった。
「じゃあ、五百円な」
「げっ、高い」
「そうかい? わるいな。こっちも理由があんのよ」
ニッと、おじいさん店主はあやしく笑った。
なんだか不自然に歪められたような笑いで、ちょっと不気味に感じた。
再び、帰りの電車内。
ぬらつぬが自分のひざの上に乗っていることに、うれしさを覚える。
「……これが、ぬらつぬ」
もっともっと、欲しいな、と思う。
ひとつだけじゃ、足りないと感じる。
でも、お金がたりない……。
中学生のおこづかいだけじゃ、いくつものぬらつぬを買うことはできない。
五百円ぽっちのものなのに。
自分がおとなだったら、いくらでも買えたのに。
――そうだ。
ぬらつぬはまだ、山ほどあの店にあった。
ぬらつぬはまだ、あの店主の家に、たくさんあるはずだってな。
そんで、いよいよ今日になるわけだが。
学校おわり。
おれはまた電車に乗り、あの駅に降り立った。
あの、ぬらつぬの店のおじいさんを見つけると、こっそり見張りをはじめた。
十七時になると、店主はぬらつぬをキャリーバッグに入れ、店じまいをはじめた。
きれいに店を片付けると、キャリーをガラガラと引き、どこかへと歩き出した。
おれは、それをこっそりとついていく。
何十分か歩き続け、足が疲れはじめたころ、ようやく店主の足が止まった。
気づくと、そこは森のなかだった。
薄汚れた小さなプレハブ小屋が見えてくる。
ここに、住んでいるのかな。
店主が、小屋のなかへと入っていく。
おれは音を立てないように、わきに回り、窓の近くへと歩みよった。
首をぐっと伸ばし、家の中をこぞきこむ。
「うッ——?」
おれは、思わず息をのむ。
なかをのぞいたとたん、すさまじい耳鳴りがはじまったのだ。
高架下の電車の通過音に似た『ゴーッ』という音が耳の中で鳴り続けている。
しかし、 どうしても、ぬらつぬを手に入れたい。
おれは窓の向こう側へと、目を凝らした。
プレハブの中は、真っ暗だった。
先に店主がなかに入ったはずだが、まだ電気は点けられていないようだった。
いまだ、耳鳴りのような騒音が続いている。
心なしか、大きくなってきているようにも思う。
「いったい、なんなんだ……?」
――いったい、なんなんだ……?
――いったい、なんなんだ……?
――いったい、なんなんだ……?
おれのつぶやきが、耳の奥でエコーがかかったようにくりかえされる。
「うう……なんなんだ……」
ぞわり、と背中が粟立つ。
何かがおかしい。
おれはこのまま、ここにいていいんだろうか。
しかし、このなかに、ぬらつぬの店主がいる。
ここまで来て、なんの収穫もなしに帰れない。
緊張でべたべたの手を握りこみ、おれはプレハブのなかを見渡した。
床には、紙くずや植物の残骸がばらばらと散らかっている。
プレハブのすみには、高く積みあがったダンボール。
薄暗がりのなか、店主がダンボールをひとつ手に取ったのが見えた。
――パキン。
またどこからか、音がした。
ひやりと、冷たい汗がおれの頬を、そして、こめかみを伝っていった。
「ぬらつぬはどこなんだ……。早く見つけて、さっさと帰りたい」
ぶらん、と視界のはしに、なにかが映りこむ。
ゆら……ゆら……と、大きなものがゆれている。
それと共に、ぎし……ぎし……という、きしむ音もする。
ここは、外のはずなのに、それらの音は鮮明に、おれの耳の音に聞こえていた。
「何だ……」
天井から吊り下げられた、エアプランツだろうか。
いや、ちがう。
それにしては、大きすぎるのだ。
見てはいけない。
本能で、そう悟っているのに。
見てしまう。
しかしどうも、プレハブの中が暗がりで。
おれは〝それ〟を、目を凝らして、じっくりと見つめた。
「――っひぃ……」
人影だ。
それが、天井からゆらゆらと揺れて、ぎしぎしと、音を立てていた。
カサカサ……コロンと、おれの靴のつま先に、何かがぶつかった。
草をかきわけ、小さなものが転がってきた。
反射的に、見てしまう。
小さく、丸く、暗がりでもよく見える黄色い、それは――
「ぬ ら つ ぬ……?」
転がってきたぬらつぬを、おれはそっと拾いあげた。
「おい」
ポンと誰かに肩を叩かれる。
ビクンッと、体が震えあがった。
「いつまでもここにいるのは、おすすめしないなあ」
店主のおじいさんが、ねっとりとおれを見下ろしている。
「こ、ここは……っ」
「この町、歩いている人が少ないと思わなかったか?」
「ま、まあ……? 祭りなのに、人がいないなって……」
おれの背後で、何体もの人影が、ぶらんとゆれる。
床には、黄色いぬらつぬがころころと、いくつも転がっていた。
「こ、これは……?」
「ああ、天井からぶら下がっているもののことか? こいつらで、ぬらつぬを作っているんだ」
「は……?」
「お前の体はなあ、しょせん〝魂のいれもの〟にすぎないんだよ。お前らの肉体の核、それが魂だ。それを売って、この町の名産にしているんだ」
「ま、町の……名産……?」
「お前、ぬらつぬのことが欲しくてたまんなくなったんだろ? だから、ここまで来たんだ。お前に金があったら、もっともっと買ってくれたんだろうな。そういう金持ちに広まれば、この町はもっと潤う。ぬらつぬはな、非常に優秀な町の収入源なんだ」
「収入源って! つまり、ぬらつぬって……」
「ムシウタさまはなあ、町の信仰がなくなり、かなり弱っておられた」
店主は、悲しそうにぐにゃりと、顔をゆがめた。
「おれは、ずっとずっと、ムシウタさまを信仰していたが、それだけでは足りなくなってしまわれたようでな。どうすればよいか、とおれはたずねた。ムシウタさまは町自体のちからが弱っていることも、原因だと仰られた。町に、不純物が混じっているからだと」
「不純物……?」
「ムシウタさまの歌で、できておらん魂のことだ。それらは、ムシウタさまの気を汚すのだ。だから、魂を抜き取り、美しいすがたにして、町の資源とすればよいと仰られたのだ」
「な、なんだよ、それ……?」
「それが、この『ぬらつぬ』だ。そういうわけだからな。不純物はこちらで処理せねばならん。ムシウタさまのためなのだ」
店主の話は、もうほとんど耳に入っていなかった。
エアプランツではない何かが、ゆらゆらと揺れている。
ゆっくり、ゆっくりとメトロノームのように規則正しく、視界にチラチラと映りこんでくる。
逃げなければ。
恐怖で使い物にならなくなっていた足をずるずると引き寄せ、おれはその場から逃げ出した。
そして、さっき家にたどり着いたんだ。
これで、おわりな。
ガチに恐怖体験したのは、これが初めてだわ。
んで、忘れないうちにこれを書いているわけだが。
証拠に、これ載せとく。
ぬらつぬの入ったパックな。
↓
【スーパーの総菜をいれるような透明のパックに、黄色くて丸いものが無造作に入れられている画像】
4 どくろちゃん 2022年10月8日(土) 22時34分11秒
えっ これガチですか?
5 アルファ 2022年10月8日(土) 22時45分16秒
うーん、この画像だけじゃねえ。
6 怪談大好き 2022年10月8日(土) 22時53分36秒
このお話は、かなりリアルなお話ですね(;^_^A
ぬらつぬというお菓子を販売する屋台に、>>2さんが行ってしまい、ゲーム依存症のような症状になり、やばい目にあうところだった~っていうお話だと思います!
耳鳴りの症状だとか、人影の幻覚だとか、また別のこわさがありますね。
ぬらつぬ屋さんにやばい目にあわされそうになったところとか、けっこうゾッとしました('◇')ゞ
でも、ちょっと作りこみすぎな部分もあり?
パックの画像も用意してくれたのはよかったです~☆彡
7 怪談大好き 2022年10月9日(日) 04時12分46秒
それにしても、すごく、気になります。
気になって、気になってしかたがないです。
ぬらつぬがほしいです。
お金ならいくらでもなるので、どこにあるのか教えてほしいです。
お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします。
じゃあ次、おれ……。
ども……。
さっき家に帰ってきたばっかりで、スマホいじってるところ。
報告のつもりで、つらつら書いてみる。
おれのスペック
中学生 サッカー部。
先週の日曜日。
その日おれは、暇で暇でしょうがなくてさ。
だけど、あいにく友達もみーんな部活とか塾で、誘いを断られちゃって。
珍しく、家で寝っ転がってる気分でもなかったおれは、なんとなく電車に乗って、降りたことのない駅に行ってみよう、なんて思い立ったんだ。
でもこれ、おれにとっては、地球がぐるんと裏返って、地上とマントルが裏表逆になるぐらいの、めちゃくちゃ珍しい思いつきだったんだ。
だから、なのかもなー。
あんな体験をすることになってしまったのは。
今となっては、あんな思いつき、やんなきゃよかったって、後悔してる。
でもその時のおれは、みじんも後悔する予定はなかったから。
珍しく遠出でもしてみるかなんて、ちょっとわくわくしてた。
財布とスマホを持って、目についた聞いたことのない駅までのキップを買ったよ。
片道、四十五分なんて道のりだったけど、ふしぎと苦痛は感じなかった。
ついたら、何をしようか、なんてのん気に考えてた。
やがて、たどり着いたのはイチョウ並木がよく見える、無人駅だった。
改札にキップを通し、駅舎を出てみると、さびれた古い通りが続く。
そこには赤や緑の鮮やかなのれんが目を引く露店の屋台が、ずらりと並んでいた。
『やきそば』、『わたあめ』、『人形やき』、『氷』、『やきとり』、『たこやき』、『バナナチョコレート』、『フランクフルト』、『りんご飴』。
お祭り?
そのわりには、人通りが少ないと思った。
こんなにも屋台が並んでいるのにあまりにも、静かだった。
不思議に思いながらも、小腹が空いたのもあって、屋台を見て回ることにした。
ふと、異様な黄色いのれんが目に入った。
聞いたこともない名前が、のれんにでかでかと書かれている。
屋台では、おじいさんがのんびりとポータブルテレビで国営放送を見ていた。
この人が店主かな。
店先にずらりと並んだものを指さし、聞いてみる。
「あの、〝これ〟ってなんなんですか」
「【ぬらつぬ】だよ」
「ぬらつぬ?」
「この土地の名産品。知らねえの?」
「聞いたことないなあ。食べ物?」
「買ってみりゃ、わかるんじゃねえの。これはそういうもんなんだよ」
スッキリしない説明だなー。
はぐらかされている?
でも、聞いたことのない名前の商品に、おれはかなり興味をひかれていた。
買うからには、きちんと納得してから買いたい。
おれは、店主のおじいさんに質問を続けた。
「これがなんなのか、ちゃんと教えてくださいよ」
「手に取って見てみりゃ、わかるだろ」
なんで、おじいさんのほうがムッとしてるんだよ。
気難しい人だなあと、ふてくされつつ、しぶしぶ並んでいる商品を手に取った。
スーパーの惣菜コーナーでよく見るような、透明のパック。
それに丸くて黄色いものが、ギュッとつめこまれていた。
つるつるとしているが、これがなんなのかといわれれば、やはり見たことのないもの、と答えるほかなかった。
ふわ、とにおいが漂う。
これが、ぬらつぬのにおい――?
甘くて、こうばしいにおい。
奇妙な名前にしては、ものすごくいいにおいだと思った。
「これが、ほんとうに、ぬらつぬ……なの?」
「そうだよ」
「原材料は? 原産地は? 発祥は? 値段は? 賞味期限はあるの?」
「おまえなあ、持ってるそれで、自分で調べてみりゃあいいだろ」
店主は、おれのズボンポケットを指さした。
そこには、スマホが入れてあった。
「明日になっても、まだ〝これ〟のことが気になってたんなら、買いに来な。本当に欲しいものだったんなら、時間がたっても忘れられないはずだろ」
そういって、店主はニヤリと笑い、黄色いそれがつまったパックを店頭に並べ直した。
大量のぬらつぬたちは、まだひとつも売れているようすがなかった。
こんな得体の知れないもの、売れるはずない。
自分も、いっときの興味で欲が出ているだけだよな。
家に帰ったら、すっかり忘れてるに決まってる。
そう自分を納得させて、おれはその屋台から立ち去った。
帰りの電車内。
おれの頭のなかは、ぬらつぬでいっぱいだった。
ぬらつぬからただよってきた、シロップみたいな甘いにおいが、脳にしつこくこびりついている。
あの甘ったるいにおいが、頭のなかに充満している。
サーターアンダギーだとか、ベビーカステラだとか、そんなふんわりとしたにおいじゃない。
きらきらとしていて、ちかちかと弾ける、キラキラとした強烈なにおい。
まるで神さまの体臭のような、嗅いだら頭のなかが、じゅわりと満たされていく、すばらしいにおいなんだ。
あれは食べ物、なんだろうか。
いや、でもプラスチックのようにも見えた。
あるいは、生き物?
深海生物や、ただじっとしているだけの貝のようなもの……?
ぬらつぬのにおいを思い出すと、心臓がばくばくと胸をうった。
また、あのにおいを嗅ぎたい。
あのにおいで、胸を満たしたい。
あの、つるりとした表面に触れたい、なでたい。
ぬらつぬが、ほしい。
――ガタン、と電車が停まった。
ハッとした。
我を忘れていたみたいだ。
いや、もうアレのことは忘れよう。
気にするだけ、時間のむだ……。
そう決心し、そのあとはただ、窓の外をボーッと見つめていた。
次の週の、金曜日。
おれは友人たちの誘いも断り、再びあの駅に降り立った。
一直線に『ぬらつぬ』と書かれた黄色いのれんの前に立つ。
店主のおじいさんは今日も、ポータブルテレビで国営放送を見ていた。
「ぬらつぬを……ください」
「おお、買いに来たな。決心がついたのか」
「ここの名産品なんでしょ。わからないなら買ってみたらって、おじいさんがいったんじゃない」
「ああ、まあな」
店主が小さいビニール袋に透明パックを入れ、おれに差し出しながらいった。
「じゃあ、五百円な」
「げっ、高い」
「そうかい? わるいな。こっちも理由があんのよ」
ニッと、おじいさん店主はあやしく笑った。
なんだか不自然に歪められたような笑いで、ちょっと不気味に感じた。
再び、帰りの電車内。
ぬらつぬが自分のひざの上に乗っていることに、うれしさを覚える。
「……これが、ぬらつぬ」
もっともっと、欲しいな、と思う。
ひとつだけじゃ、足りないと感じる。
でも、お金がたりない……。
中学生のおこづかいだけじゃ、いくつものぬらつぬを買うことはできない。
五百円ぽっちのものなのに。
自分がおとなだったら、いくらでも買えたのに。
――そうだ。
ぬらつぬはまだ、山ほどあの店にあった。
ぬらつぬはまだ、あの店主の家に、たくさんあるはずだってな。
そんで、いよいよ今日になるわけだが。
学校おわり。
おれはまた電車に乗り、あの駅に降り立った。
あの、ぬらつぬの店のおじいさんを見つけると、こっそり見張りをはじめた。
十七時になると、店主はぬらつぬをキャリーバッグに入れ、店じまいをはじめた。
きれいに店を片付けると、キャリーをガラガラと引き、どこかへと歩き出した。
おれは、それをこっそりとついていく。
何十分か歩き続け、足が疲れはじめたころ、ようやく店主の足が止まった。
気づくと、そこは森のなかだった。
薄汚れた小さなプレハブ小屋が見えてくる。
ここに、住んでいるのかな。
店主が、小屋のなかへと入っていく。
おれは音を立てないように、わきに回り、窓の近くへと歩みよった。
首をぐっと伸ばし、家の中をこぞきこむ。
「うッ——?」
おれは、思わず息をのむ。
なかをのぞいたとたん、すさまじい耳鳴りがはじまったのだ。
高架下の電車の通過音に似た『ゴーッ』という音が耳の中で鳴り続けている。
しかし、 どうしても、ぬらつぬを手に入れたい。
おれは窓の向こう側へと、目を凝らした。
プレハブの中は、真っ暗だった。
先に店主がなかに入ったはずだが、まだ電気は点けられていないようだった。
いまだ、耳鳴りのような騒音が続いている。
心なしか、大きくなってきているようにも思う。
「いったい、なんなんだ……?」
――いったい、なんなんだ……?
――いったい、なんなんだ……?
――いったい、なんなんだ……?
おれのつぶやきが、耳の奥でエコーがかかったようにくりかえされる。
「うう……なんなんだ……」
ぞわり、と背中が粟立つ。
何かがおかしい。
おれはこのまま、ここにいていいんだろうか。
しかし、このなかに、ぬらつぬの店主がいる。
ここまで来て、なんの収穫もなしに帰れない。
緊張でべたべたの手を握りこみ、おれはプレハブのなかを見渡した。
床には、紙くずや植物の残骸がばらばらと散らかっている。
プレハブのすみには、高く積みあがったダンボール。
薄暗がりのなか、店主がダンボールをひとつ手に取ったのが見えた。
――パキン。
またどこからか、音がした。
ひやりと、冷たい汗がおれの頬を、そして、こめかみを伝っていった。
「ぬらつぬはどこなんだ……。早く見つけて、さっさと帰りたい」
ぶらん、と視界のはしに、なにかが映りこむ。
ゆら……ゆら……と、大きなものがゆれている。
それと共に、ぎし……ぎし……という、きしむ音もする。
ここは、外のはずなのに、それらの音は鮮明に、おれの耳の音に聞こえていた。
「何だ……」
天井から吊り下げられた、エアプランツだろうか。
いや、ちがう。
それにしては、大きすぎるのだ。
見てはいけない。
本能で、そう悟っているのに。
見てしまう。
しかしどうも、プレハブの中が暗がりで。
おれは〝それ〟を、目を凝らして、じっくりと見つめた。
「――っひぃ……」
人影だ。
それが、天井からゆらゆらと揺れて、ぎしぎしと、音を立てていた。
カサカサ……コロンと、おれの靴のつま先に、何かがぶつかった。
草をかきわけ、小さなものが転がってきた。
反射的に、見てしまう。
小さく、丸く、暗がりでもよく見える黄色い、それは――
「ぬ ら つ ぬ……?」
転がってきたぬらつぬを、おれはそっと拾いあげた。
「おい」
ポンと誰かに肩を叩かれる。
ビクンッと、体が震えあがった。
「いつまでもここにいるのは、おすすめしないなあ」
店主のおじいさんが、ねっとりとおれを見下ろしている。
「こ、ここは……っ」
「この町、歩いている人が少ないと思わなかったか?」
「ま、まあ……? 祭りなのに、人がいないなって……」
おれの背後で、何体もの人影が、ぶらんとゆれる。
床には、黄色いぬらつぬがころころと、いくつも転がっていた。
「こ、これは……?」
「ああ、天井からぶら下がっているもののことか? こいつらで、ぬらつぬを作っているんだ」
「は……?」
「お前の体はなあ、しょせん〝魂のいれもの〟にすぎないんだよ。お前らの肉体の核、それが魂だ。それを売って、この町の名産にしているんだ」
「ま、町の……名産……?」
「お前、ぬらつぬのことが欲しくてたまんなくなったんだろ? だから、ここまで来たんだ。お前に金があったら、もっともっと買ってくれたんだろうな。そういう金持ちに広まれば、この町はもっと潤う。ぬらつぬはな、非常に優秀な町の収入源なんだ」
「収入源って! つまり、ぬらつぬって……」
「ムシウタさまはなあ、町の信仰がなくなり、かなり弱っておられた」
店主は、悲しそうにぐにゃりと、顔をゆがめた。
「おれは、ずっとずっと、ムシウタさまを信仰していたが、それだけでは足りなくなってしまわれたようでな。どうすればよいか、とおれはたずねた。ムシウタさまは町自体のちからが弱っていることも、原因だと仰られた。町に、不純物が混じっているからだと」
「不純物……?」
「ムシウタさまの歌で、できておらん魂のことだ。それらは、ムシウタさまの気を汚すのだ。だから、魂を抜き取り、美しいすがたにして、町の資源とすればよいと仰られたのだ」
「な、なんだよ、それ……?」
「それが、この『ぬらつぬ』だ。そういうわけだからな。不純物はこちらで処理せねばならん。ムシウタさまのためなのだ」
店主の話は、もうほとんど耳に入っていなかった。
エアプランツではない何かが、ゆらゆらと揺れている。
ゆっくり、ゆっくりとメトロノームのように規則正しく、視界にチラチラと映りこんでくる。
逃げなければ。
恐怖で使い物にならなくなっていた足をずるずると引き寄せ、おれはその場から逃げ出した。
そして、さっき家にたどり着いたんだ。
これで、おわりな。
ガチに恐怖体験したのは、これが初めてだわ。
んで、忘れないうちにこれを書いているわけだが。
証拠に、これ載せとく。
ぬらつぬの入ったパックな。
↓
【スーパーの総菜をいれるような透明のパックに、黄色くて丸いものが無造作に入れられている画像】
4 どくろちゃん 2022年10月8日(土) 22時34分11秒
えっ これガチですか?
5 アルファ 2022年10月8日(土) 22時45分16秒
うーん、この画像だけじゃねえ。
6 怪談大好き 2022年10月8日(土) 22時53分36秒
このお話は、かなりリアルなお話ですね(;^_^A
ぬらつぬというお菓子を販売する屋台に、>>2さんが行ってしまい、ゲーム依存症のような症状になり、やばい目にあうところだった~っていうお話だと思います!
耳鳴りの症状だとか、人影の幻覚だとか、また別のこわさがありますね。
ぬらつぬ屋さんにやばい目にあわされそうになったところとか、けっこうゾッとしました('◇')ゞ
でも、ちょっと作りこみすぎな部分もあり?
パックの画像も用意してくれたのはよかったです~☆彡
7 怪談大好き 2022年10月9日(日) 04時12分46秒
それにしても、すごく、気になります。
気になって、気になってしかたがないです。
ぬらつぬがほしいです。
お金ならいくらでもなるので、どこにあるのか教えてほしいです。
お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします。