超人気美男子に目を付けられた平凡女は平和な寮生活を求めて苦悩する

第39話 あっけない別れ話と元カレの空元気

テラスはタキノリの部屋の前まで来ていた。
今日、ついに課題が終わってしまった。
タキノリの誘いを断る口実もなくなってしまい、ようやく今のままにしておくわけにはいかないという決心がついたのだ。
今は夜の9時。意を決して戸を叩く。

「誰だぁ?」

ダルそうにタキノリが戸を開けた。
テラスは緊張する。

「え!?テラス?」

予想もしなかった来訪者に驚くタキノリ。同時に嬉しさもこみ上げる。

「どうしたんだよ。こんな時間に」

自然と笑顔になった。

「あ…あのねっ」

「まぁとにかく、中入れよ」

「うん…」

テラスは言われるがままに部屋へ入った。

「適当に座って。なんか飲むか?」

「ううん、大丈夫。すぐ帰るから」

テラスは部屋に置かれたイスにちょこんと座った。
タキノリは、ベッドの上に胡坐をかいて寛ぐ。

「そっか。課題終わったのか?」

「うん。今日終わったんだ」

「それで、真っ先に俺に会いに来てくれたとか?」

タキノリは始終笑顔だ。
テラスが訪ねてきてくれたことが、嬉しくてたまらない。
テラスは、そんなタキノリの笑顔を見ると、何も言えなくなってしまいそうだった。

「あの…」

「ん?」

タキノリは、テラスが何かを言いたそうな様子に気付き、優しく相槌をうった。

「あのね」

テラスはイスから立ち上がった。

(ちゃんと言わないと)

テラスの真剣な様子に、タキノリも姿勢を正して言葉を待った。
3歩進んでタキノリに近づくテラス。
タキノリと正面から向き合った。

「私ね、タキノリのこと、好きだよ。だけど…」

タキノリのこと、好きだよ。
その言葉を聞いて「だけど」の続きの言葉は耳に入らず、タキノリは立ち上がりテラスを抱きしめた。
嬉しかった。夢のようだった。
テラスは俺に会いに来てくれたんだ。

「ヤバイ。嬉しくて涙出そう」

強く抱きしめた。

「違うの!」

テラスは叫んだ。
タキノリが硬直する。

「そうじゃないの。好きだけど、それは友達としてなの!」

タキノリの手から力が抜ける。
テラスは逃げるようにタキノリから離れた。

「ごめんなさい…!」

タキノリの顔を見るの恐くて、俯いたまま謝るテラス。
部屋に沈黙が訪れる。
先に口を開いたのはタキノリだった。

「な~んだ。そういうことか」

テラスは俯いたままだ。


「OK、OK。元々お試しだったし、なかったことにしようぜ」

タキノリは明るい口調で了承する。
テラスはやっと顔を上げ、タキノリを見た。
タキノリは笑っていた。

「じゃぁ、今からまた、俺とテラスは友達だ。それでいいよな?」

テラスは曖昧に頷いた。

「単なる女友達が、こんな時間に男の部屋に入っちゃマズイだろ。また明日な」

そして、タキノリは部屋の戸を開けた。
これで終わりでいいのだろうか。テラスは戸惑った。

「ほら、早く出ないと、襲うぜ」

「う…うん…」

テラスが促されるままに部屋を一歩出たとたん「じゃ、おやすみっ」と言って、タキノリは戸を閉めた。
テラスは暫くそのまま立ち尽くす。
これで、良かったのだろうか。
わからない。あまりにあっけなくて。
タキノリは笑っていたけど、あれは本当の笑顔だっただろうか?
明日からまた友達として、以前のように付き合えるのだろうか。
全部わからなかった。

でも仕方がない。
タキノリを異性として受け入れられないのだから。
なんだか疲れてしまい、テラスは部屋へ戻ってすぐにベッドに入る。
しかし、なかなか寝付くことができなかった。

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一方、タキノリは部屋で呆然としていた。
テラスのことが好きだった。
その気持ちは、ここ数週間で急激に強まっていた。
だけど、テラスは自分を男として見ていないと薄々わかっていた。
わかっていながら、律儀で優しいテラスに付け込んでいた。

「お試し」なんて言って付き合えたことだけでも奇跡だったのに、キスを迫り、彼氏の立場を強調していた。
それでも、受け入れてくれたことが希望だった。もしかしたら、テラスも自分を好きになってくれるかもしれないと。

だけど、やはり結果は見ての通りだった。
自分のことばかり考えていたのだから、当然の結果だ。
もっと、大切な友人として、人として寄り添ってあげれば良かった。
自分の欲望ばかり優先させなければ良かった。
押し寄せてくる後悔。そして、喪失感。

明日から、テラスの友達として、お気楽な男友達として、テラスに笑顔を向けることができるだろうか。

(少しだけ、時間がかかるかな…)

正直、激しく落ち込んでいた。
笑顔を作るのがしんどかった。

(これが失恋ってやつか)

ライキスは本気で好きなら簡単に諦めることはできないと言っていたけれど、タキノリは本気だったからこそ、テラスを思いやりすぐ引き下がる道を選んだ。
追い縋ればテラスを苦しめるだけだとわかっていたから。
タキノリもその日は眠れぬ夜を過ごした。

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「おっはよっ!」

食堂でアイリと朝食を食べていたテラスは、勢い良く声の主を見上げた。

「タキノリ!」

4日ぶりのタキノリだった。

「なんだか久しぶり」

そう言いながら、タキノリはテラスの隣に座る。

「それ、空元気?」

アイリがタキノリに突っ込みを入れた。
当然のように、テラスから話は聞いていたし、実は、タキノリからも聞いている。
別れを報告しているときのタキノリの落ち込み様といったら、心底気の毒になるほど激しいものだった。
1人で対応するのも憂鬱で、ライキスにヘルプを出すほどだった。

「空元気でもいーだろっ!」

とりあえずタキノリは笑っている。
テラスは何を話しかければいいのかわからず、困惑した。

「なんだよなんだよ、変な気使うなよな」

そんなテラスにタキノリは笑いかける。

「振られて落ち込んだけど、這い上がってきたぜ!」

「割と早い立ち直りだったわね~」

またもや茶々を入れるアイリ。

「俺が立ち直らないと、テラスに笑顔が戻らないだろ」

「それって自意識過剰なんじゃないの~?」

困ったようにタキノリとアイリのやりとりを見守るテラス。

「テラス、不景気な顔すんなよな」

タキノリはテラスの頭をポンポンと叩いた。

「俺は気にしてねーから。テラスも今まで通りにしてくれないと、な」

そしてニカッと笑うタキノリ。

「うん…」

「なっ!」

「うん!」

テラスは少し笑顔になった。

「タキノリ」

「なんだよ」

「ありがとう」

「な、なんだよ」

赤面するタキノリ。

「テラス、そんなこと言うと、またタキノリが惚れるわよ」

「何が?」

「アイリ!馬鹿なこと言うなよ!」

「無自覚なところがテラスの欠点よね。タキノリ、少し同情するわ」

「どういうこと?」

意味が解らず憮然とするテラスだった。
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