すべてはあの花のために④

「――以上だ」

「ええ!? ヒエンさん、話してくれるんじゃなかったんですか?」


 けれど彼は打ち切りだと言わんばかりに車を走らせる。きっと最初から、葵を自宅へ連れて行くつもりなどなかったのだろう。


「……ヒエンさん。わたしプッツン来ちゃったんですけど」

「キレられてもお嬢ちゃんに話すことはねえ。あいつは誰にも話してないみたいだしな。俺から話すことは何もない」


 その言葉を聞いた葵は、シートベルトとロックを外し、ドアを開けてさっさと車から降りた。車が走行中にもかかわらず。


「………………!?」


 ヒエンは、声を出すのも忘れ目ん玉を飛び出した。


「はあああ?!」


 驚いて急ブレーキをかけ、大急ぎで車から降りて葵の状態を確認しに行く。


「お、おい! お嬢ちゃ――」

「えー。……ごほんっ。『ここはどこですか』」

「……は?」


 まるで体操選手がごとく中央分離帯に見事10点満点で着地した葵は、スマホの音声認識機能を使ってここの場所を知ろうとしているようだ。


『…………。【ロトはシ〇クスか】。ワタシハ年末ジ〇ンボデ、大穴ヲ当テマシタ』

「うっそマジで⁉︎ 今年はジ〇ンボにするか……」

「違うだろ! 読み取り間違えてるとこに突っ込めよ!」


 皆様よくおわかりでしょうが、葵の現在地は両側で車が行き来しており、大変危険な場所で御座います。


「……あれ? わたしそんなにかちゅぜちゅ悪いかな」

「いや、噛んでるから。滑舌だろうがよ」


 きっと車が通っているから、雑音で聞き取れなかったんだろうと思い、今度は大きな声を出してみることに。


「『馬鹿な叔父さんはどこのドイツだ!』」

『…………。【ソレハ『氷川 炎樹』ダ】』

「あ。正常だったー」

「ああん⁉︎」


 その後もしばらくの間、葵は音声認識機能と戦った。


「結局一つも教えてくれなかったんですけど……」


 ようやく諦めてくれたのか、しれっと普通に立ってスマホに触れていたのでまさかとは思ったが、ヒエンが見る限り葵に怪我はないよう。それどころか、制服も一切汚れてはいなかった。走行中の車から飛び降りたにもかかわらず。


「……お嬢ちゃん。なんで飛び降りたりなんか」

「え? だってヒエンさん、わたしのことご自宅まで連れて行く気なんてないんですよね? それだったら、一人でいろんな人に聞きながら行った方が早く着くかなと」


 ヒエンは頭を抱えてしまった。
 どうしてこの子は、美人で頭もいいのに、めちゃくちゃ強くて、変人な……のか、……って。


「ちょ、待てよ。お嬢ちゃんの名前って……」

「えーこほん。オウリくんから何と聞いているかはわかりませんが、改めまして。生徒会庶務兼雑用係兼下僕の、みんなからしょっちゅう警察へ連行されそうになっている、自称変態の『あおい』と申します。彼から、是非生徒会に入って欲しいと言われた理由としましては、わたしの腕っ節の強さを見て、一度戦ってみたいからということでしたが何か?」


 ヒエンは開いた口が塞がらなかった。
 そして、その後の第一声。


「オウとの話と説明会の時の感じからして、同一人物とは思わねえだろ普通……」

(……あれ。もしかしなくとも文句言われてる? わたし)


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