すべてはあの花のために⑤
「……落ち着きましたか?」
「……。はい。すみませんいきなり」
涙が落ち着くまで、彼はそばについていてくれた。
「詳しくは聞きません。けど、やっぱり言葉にしたら気持ちは軽くなると思いますよ」
女の子の面影がないほど格好いい。でも時々どこか、可愛らしく感じてしまう。その一面を、無意識に重ねてしまったのだろうか。
「アイくんは。何か人には言いたくないことがありますか?」
「言いたくないこと、ですか?」
「た、たとえば、小学校高学年までおねしょしてたーとか」
「そ、それは確かに、恥ずかしくて言いたくないですね」
アイは頭の裏を掻きながら、そっぽを向いている。
……ん? まさかね。まさか図星なんてことはないよね?
「その、わたしが言いたくないことを、誰かがわたしの大切な人に話したみたいなんです」
「それって、陰口とか噂みたいなことってことですか? あなたから直接聞いてないのに、信じる人もどうかと思いますけど」
「(まあ言ったのは『わたし自身』だから、間違ってはいないんだけど……)」
彼は少し怒っているのか、唇を尖らせていた。
「それを、その人はちゃんと聞いていなかったみたいで。わたしに詳しく聞こうとしてくれて」
「じゃあ信じてないってことですよね。それをあなたに確かめようとして聞いたんでしょう?」
「信じているからこそ聞こうとしたというか。でも、わたしはもう話したくなかったんです。聞かれたく、なくて……」
「それはそうでしょう。あなたにとっては言いたくないことだ。それは向こうが、あなたの気持ちを汲んで折れるべきです」
きちんと話を聞いてはいないのに。彼はただ、葵の気持ちを少しでも軽くしようとしてくれた。
「でも、その人が聞きたい気持ちもわかるんです。わたしにとっても大切な人で、……向こうにとっても、そうでしょうから」
「なら、話してみてもいいのでは? あなたのことを大切に思ってくれている人なら、きっと受け止めてくれるはずです」
「……わたしはもう、話したくないんです」
ぎゅと、葵は膝の上で指先を握り込む。
「(大切な友達を。これ以上わたしの運命に巻き込めない。……それに。真実を知れば。きっと……)」
「……そっか。なら話さなくていいと思いますよ?」
「え? ど、どうして……?」
「だってあなたが、こんなにもつらい表情をされているから。きっと、向こうももう聞いてこないと思いますよ? 寧ろ向こうは、あなたにそんな顔をさせてしまったことを謝りたいと思っているかもしれませんね」
「あ。謝るのは。こっちで……」
「いいえあおいさん。それは違いますよ? 言いたくないことを無理に言う必要はありません。……でも、言えるところまで言ってあげれば、その人は少し嬉しいかもしれませんね」
「……それも。したくないんです……」
「成る程。ならやっぱり話さなくていいですよ。あおいさんはただ、『話したくないから』って言えばいいと思います」
「……さっき、めちゃくちゃ叫んで逃げてきたんです。『もう聞いてこないで』って」