すべてはあの花のために⑥
四十二章 リボン
わたしと賭けをしてもらえないでしょうか
バレンタインの前週末。暗号も無事に考え終わり、あとはそれを一人一人カードに想いを込めるだけ。葵は少し早めに家を出て、ある人の家へと向かっていった。
「……もっと早めに出ればよかったかもしれない」
お邪魔すると言った時間は昼過ぎ。だがしかし。すでに14時近い。
「(一体何度〈遅れますぅ……!〉って送ったことか。数えるのが怖いから数えないけど)」
でも、何とか到着できた。ああ、本当によかった。
「(普通のアパートだ……)」
葵は表札を確認してチャイムを鳴らした。中からは、元気そうで嬉しい声が聞こえた。
「無事に来られてよかったわ。あおいちゃん」
「はい! ご無沙汰しています先生!」
葵が会いに来たのは、この秋まで目覚めることが出来なかった元カナデたちの担任、雨宮梢先生。よっぽど待ちくたびれたのか、すぐに部屋へと案内してくれた。
「ごめんね! ちょっとバタバタしてて、資料とかその辺散らばってるんだけど」
彼女はそう言うが、部屋の隅に書類が重なっている程度だ。「適当に座ってて~」と言われたので、二人掛けソファーに座らせてもらった。
「飲み物何がいい?」
「あ。それじゃあコーヒーをブラックで」
「ごめーん。私コーヒー嫌いで置いてないのー。リンゴジュースかオレンジジュースか、ホットミルクか抹茶ラテか緑茶! どれがいい?」
いっぱい種類があるんだなと小さく笑いながら、「じゃあ……」と葵は抹茶ラテをお願いした。
「はい。どうぞ~」
「ありがとうございます」
やっとコズエも座ってくれたので、葵はちょっと早いが持ってきたものを渡した。
「先生。これ、少し早いんですが」
「もしかしてバレンタイン?」
葵は綺麗に包装されたチョコレートの箱に、自分で【緑と白と銀】のリボンを結んでいた。
「これ、もしかしてジンクス?」
「気休めですけど。ちょっとした意思表示だと思っていただければ」
コズエは小さく笑ったあと、葵の左手に白のリボンを巻いてくれた。
「銀は内容によるわね。だから、白で聞かせてもらってから判断しようかしら?」
「はい! 十分です!」
緑は、大事にその箱に結ばれたまま受け取ってくれた。