すべてはあの花のために⑦

……おっぱい


『……ん……』

『はっ! ……お、おい! 目を覚ますぞ!』

『ほんと!?』


 ……ここは。どこだろう。ぷかぷかと、浮いているような錯覚に陥る。


『……ん。あ、れ……? ここは……』

『目が覚めたか? お前、名前は?』

『ちょっと、あなた。まだ焦点合ってない子供に、グイグイ聞くんじゃないわよ!』

『ぐはっ!』


 綺麗で可愛い女の人が、がちっとした男の人の顔に、裏拳を食らわしている……。



「(え。……これって。夢……?)」


 でも、これは過去に実際に起こったことだ。


「(タイムスリップ……ってわけでもないか。わたしの、記憶だもんな。今、寝てるから)」


 至ってまあ冷静にそんなことだろうということに落ち着く。



『こ、……ここは。どこですか』

『あ。喋った!』

『喋るに決まってるでしょ!』

『ぐはっ!』


 また裏拳を食らっている。食らいながらも嬉しそうな顔なので、若干……いや、めちゃくちゃ子供ながら引いた覚えがある。


『あなたお名前は? なんて言うの?』

『……しらないひとに、こじんじょうほうはいえません』

『おい! まだこんな子供なのにそんな言葉知ってるもんか!?』

『うるさい。ちょっと黙ってなさい』

『ぐはっ!! ……き。効いた……。ガク……』


 あまりにもうるさい男の人の鳩尾に、細くて綺麗な女の人の拳が突き刺さる。



「(いやほんと、ミズカさんのドMさにめっちゃ引いたな~……)」


 正直言って、こんな過去見るのなんて嫌だった。
 でも、もう起こったことはしょうがないし、それに、嫌な思い出ばかりじゃなかった。


『ごめんね~? この人相当気持ち悪いんだけど、悪い人じゃないの。ストーカーとか、そんなことするのは多分わたしにだけだと思うから、安心してね?』

『(あなたはされてるんですね……)』

『そうね。個人情報は守らないといけないわ。あなた、とってもえらいのね?』

『(……あ)』


 女の人が、頭を撫でてくれている。
 こんなことされるの、いつぶりだろう……。なんだか胸の中があったかくなって、自然と頬が緩む。


『あら! とっても可愛い顔で笑うのね!』

『え……』

『そうだな。女の子はいっつもニコニコ笑ってないとな!』


 そう言って男の人も、葵の頭を撫でてくる。……いつの間に復活したんだろうか。


『あなたね? 海に落ちてしまったところを、この人に助けられたの。大丈夫だった? 変なとこ触られてない?』

『……おしり』

『は!? いやいやひのちゃん!? 助けるためにちょっと触ったかもしれないけどオレは無実――』

『最低!! 女の敵!! 成敗じゃー!!』

『ぐはっ!! ……い、いいパンチだ……。……ぐったり』


 でも、よくよく思い出したら、確かに海で助けられ――――。



【あなたはとても可哀想な子ね】


『……!?』

『……? どうしたの?』


【わたしが、あなたを助けてあげるわ】


『……い。いやっ……』

『お、おい。どうした? お嬢ちゃん?』


【その代わり、わたしに『名字』をくれるかしら】


『やめて……っ』

『……ちょ、あなた! お医者様を呼んで!』

『わ、わかった!』


【もし呼んでもらえなかったらその時は、……わたしがあなたの『体』をもらうわね】


『……っ、いやあー……ッ!!』

『落ち着いて? 大丈夫。大丈夫よ?』


 女の人が、やさしく抱き締めてくれた。


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