すべてはあの花のために⑦

 叫んだ葵はそのまま大きな音を立ててながら、保健室を出て行った。


「……っ。はっ。……っぅ」


 葵は、走りながら独りになれるところを探した。


「(……。り。じちょ……。しつ。にっ……)」


 行こうと思ったら、曲がり角で腕を掴まれる。


「っ、いやっ……!」

「何が嫌なんですか」

「……!! れん。く……」


 そこには、先程自分のリボンを解いてきたレンが。


「やっと見つけましたよ」

「っ。はな。して」


 しかし彼が放してくれるはずもなく、レンは葵を引き摺って階段を降りていく。一番下まで降りて、そのまま階段下の見えない隙間に葵を引き込んだ。


「っ、いや……っ。!」

「は? こっちだって嫌です」


 覗き込んでこないとわからないところへ、レンは葵の体をすっぽりと隠す。


「何泣いているんですか」

「……。ないて。ません」

「いや泣いてるでしょう。現にぼろぼろ流れてるんですけど」

「……。うぅぅ~っ……」


 レンは大きなため息をついて、腰を下ろし、葵の頭を胸に引き寄せる。


「……っ!? ……。はな。し……」

「泣き止んだら、放してあげてもいいです」

「…………」

「黙っていても泣いているのはわかります」

「……。っぅぅ~……」

「……つらいなら、泣けばいいんですよ」

「……な。んで……」

「言ったでしょう。私の前では、泣いてもいいと」


 それはまだ、彼がやさしかった頃の話だ。


「泣ける内に泣いておかないと、皆さんに迷惑……いえ、不審に思われるんじゃないんですか」

「……」

「何も聞いてません。何も聞きません。……だから今は、思う存分泣いてしまえばいいと思いますよ」


 葵はぐっと。レンの服を掴み、彼の胸に顔を埋める。


「……。っ、いやだっ……」

「………………」

「いやだっ。……いやだ。いや、だっ……」

「………………」

「……。っ、ごめん……。なさい……」

「………………」

「……。ごめんっ。……ごめんっ。……うぅぅ……」

「……はあ。クリーニング、出した方がよさそうですね……」


 葵の背中を、レンは泣き止むまで撫でてくれていた。


「……ほんと。どっちが……」

「……? れん。く……」

「何でもありませんよ」


 そっと、頭を撫でるように引き寄せられる。微かに、あたたかい熱が寄せられた気がした。


< 50 / 245 >

この作品をシェア

pagetop