【警告】決して、この動画を探してはいけません!

◆第七話『社の扉の向こう』


2022年8月15日(月) 20時18分/社の裏手
私は、一度スマホで記録用のショート動画を撮影する。


<夏美の記録>
――――
2022年8月15日(月) 20:18/社の裏手
撮影者:山下夏美

「2022年8月15日 午後8時18分。社の裏手に到着、侵入開始」
――――


(……本当にやるんだ)

私はため息をつきながらも、裕也から動画撮影用だと言って渡されたカメラを起動して肩に構える。
録画ボタンを押し、赤いRECランプが灯る。


<動画撮影用カメラ>
――――録画開始
2022年8月15日(月) 20:19/村の様子、そして社へ侵入開始
撮影者:山下夏美

社に入る前に村人たちと祭りの様子を簡単に撮影する。

「……鍵、かかってねぇな」

タケシが社の裏手の小さな木戸に触れる。

社の中から、奇妙のお経? いや念仏と言う感じかな。
同じ言葉を一定のリズムで繰り返しているだけのようだけど、それでもその念仏がここまで聞こえてくる。

(念仏を唱えているというのは本当だったんだ)

「行くぞ」

裕也が小声で囁いた。

タケシがゆっくりと扉を開く。

——ギィ……。

古びた木戸が、わずかに軋む音を立てながら開く。
その隙間から、ふわっと生温い空気が流れ出てきた。

私は、無意識に息を止める。

(……なんか、嫌な感じがする。)

社の中は、驚くほど静かだった。
ほのかに漂う線香の匂い。

奥の方から、かすかに聞こえる一定のリズムで繰り返される念仏。

「マジでやってる……」

タケシが囁く。裕也がスマホのライトを点け、慎重に中を覗き込む。
私は、カメラをそっと社の中へ向けた。

——そこには、目隠しをした巫女がいた。
――――録画停止


(ふぅー。巫女は気が付いていないようだ。撮影を再開しよう)


<動画撮影用カメラ>
――――録画開始
2022年8月15日(月) 20:20/社の内部
撮影者:山下夏美

カメラが社の中を映す。
狭い空間の中央に、白装束を纏った巫女が座っていた。
目隠しをされたまま、一定のリズムで念仏を唱えている。

裕也とタケシは、社の入り口付近で身を低くしながら撮影のタイミングを伺っていた。

私は、カメラを回しながら、巫女の声に耳を澄ませた。

(……なんか、耳に残るリズムだな)

巫女の声は、感情のこもらない、一定のトーン。
まるで、機械のように絶え間なく続く念仏。

私の唇も自然と動く。

「……○○○○……○○○○……」

気が付くと、私も、カメラの録音に入らないように、ほんの小さな声で、巫女と同じ念仏を口ずさんでいた。

「なぁ、裕也、これガチで放送禁止レベルの映像じゃね?」

タケシの声は、巫女に聞こえないように小さく抑えていたが、その声には隠し切れない興奮が感じられる。

「バズるとかの問題じゃなくね?」

裕也は、慎重にスマホのライトを向けながら囁いた。

私は、ひたすらカメラを回し続けていた。
話しかけることもなく、黙々と撮影を続ける。

——その時だった。

タケシが、スマホのライトを少しずらした。

その光が、巫女の背後を照らした。

私が構えるカメラも、巫女の背後を映す。

——そこに、“何か”がいた。

巫女の後ろ、社の奥。
そこに、何かがじっと座っている。

「おい……」

タケシが、スマホを持つ手を震わせた。

——それは、異様に長い腕と、獣のような毛を持つ何か。
——ゆっくりと、こっちを向き始めていた。

今度は、はっきりと意識して巫女と同じ念仏を口ずさんだ。何か、この念仏に意味があるのか分からなかったが、
とにかく、何かに縋り付きたかったのだろう。

「……○○○○……○○○○……」

私はカメラ越しに異形の影を捉える。

——長い指が、ゆっくりと動く。
——濁った黄色い目が、こちらをじっと見つめている。

「おい、おい……マジかよ……!」

裕也の声が震えていた。

「逃げるぞ!」

タケシが小さく叫んだ。

——その瞬間。

「キッ……キッキッ……キッ……!」

“それ”が、小さく鳴いたと思ったら急に動き出した。

社の空気が、ぐにゃりと歪んだような感覚。
異様な湿気。

「うっ!」

裕也が小さなうめき声を上げた。
タケシたちは扉の方へ、音をたてずに走る。

私は、カメラを持ったまま、息を呑んで後ずさる。

(ダメだ……これ、本当に……ヤバい。)

でも——

“それ”は、私を無視して裕也たちを見ているような気がした。

私のカメラは揺れ、裕也とタケシが扉の方へ逃げる様子を映す。

だが、画面の端には、まだ社の奥に座る巫女と、動き始めた異形の影が映っていた。

その影は、確実に二人を追いかけようとしていた。
――――映像終了

私は、立ち尽くしていたが、口は念仏を唱え続けた。
何も考えられなかった。
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