極氷御曹司の燃える愛で氷の女王は熱く溶ける~冷え切った契約結婚だったはずですが~

プロローグ

【プロローグ】

 起業して五年目の春、父に見合いさせられた。

 窓から見えているのは、満開の夜桜だった。かつて明治の文豪も愛したという伝統と格式ある料亭の明かりに照らされ、その古木は夜にぼんやりと浮かんでいた。
 ちらりと見て、心底、綺麗だと思った。

 けれど、顔には出さなかった。
 口にも出さなかった。
 態度にも出さなかった。

 代わりに表情筋を動かすことなく発したのは「契約結婚」の四文字。

 仲睦まじい夫婦などなれそうにもなかったので、なりたくもなかったので、向かいの席で黙って日本酒を呑む男に開口一番に提案したのだ。
――この結婚をあくまでビジネスライクなものにできないか、と。
 男は猪口を磨かれた天板に置き、私の目をまっすぐに見た。

 あきれるほど端正で、どこまでも精悍な男だった。
 だけれどその瞳にはどんな感情も浮かんでいなかった。
 冷静で、冷徹で、どこまでも理性的。酒精は彼の気分を高揚も沈降もさせないらしい。
 きっちりと着こまれたスリーピースのスーツには、しわ一つない。

 世界的な企業をいくつも傘下に収める旧財閥の御曹司、自らもやり手のビジネスマンとして経済界に名をとどろかせる男 “極氷” 寒河江(さむがえ)宗之(むねゆき)
 彼は私の「契約婚」という提案に間髪入れず頷いた。

「俺はそれで構いません。それではさっそく婚前契約書を作成しましょう。この場で草案を作り、後日顧問弁護士より送付させます」

 よろしいのですか、という言葉が口から出かかった。
 もう少しなんらかの反応があると思っていたのだ。
 でもそれを表には出さず、私はうなずき事前に考えていた案をいくつか口にする。
 寒河江さんは「わかりました」とあっさりと了承した。

「では特有財産、共有財産ともに北里さんの案でいくことにしましょう。法的にもまったく問題ないはずです。苗字はどちらに」
「寒河江でよいかと。私には兄がいますので」
「旧姓は通称で使いますか」
「いえ、その予定はありません」
「わかりました。呼称はどうしますか」
「……宗之さん、とお呼びしても」
「わかりました。以降、下の名前でお互いを呼ぶことにしましょう」

 淡々と、まるで決まりきった仕事の手順を確認するかのように、これからのことが決まっていく。
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