野いちご源氏物語 一四 澪標(みおつくし)
いよいよ(みかど)が引退なさる日が近づくと、朧月夜(おぼろづきよ)尚侍(ないしのかみ)はご自分の心細い境遇(きょうぐう)が悲しくなってしまわれる。
帝は、
「あなたは父君(ちちぎみ)太政(だいじょう)大臣(だいじん)を亡くして、姉君(あねぎみ)皇太后(こうたいごう)様もご病気で、その上まもなく私まで死んでしまったら、どうやって生きていかれるのだろう。さぞかし不安定な立場になってしまうのではないか。あなたはずっと源氏の君に夢中で私を軽んじてきたけれど、それでも私は、あなたのことだけが心配になってしまうのですよ。
私が死んだら、あなたは源氏の君とご結婚なさるのでしょうね。しかしこれだけは断言できるが、源氏の君が私以上にあなたを愛することはない。そのような人の胸に飛び込んでいくあなたが気の毒です」
とお泣きになる。

女君(おんなぎみ)はお顔を赤くなさって、かわいらしく涙をこぼされる。
それをご覧になると、帝は女君の(あやま)ちなどどうでもよくなってしまわれる。
ただただ愛しくてたまらないとお思いになるの。
「せめて皇子(みこ)を生んでくれていたらよかったのに。源氏の君のお子はすぐにお生みになるのでしょうね。(くや)しいことです。あなたにとっては最愛の人との待ち望んだお子だろうけれど、しょせんはただの貴族の子ですよ。その子は何をどうしたって東宮(とうぐう)になどなれない。私の皇子だったら、そうしてあげることだってできたのに」
と、帝は将来のことまで具体的に想像してお話しになるので、尚侍は恥ずかしくも悲しくもなってしまわれる。

帝はおやさしく上品なお顔立ちで、尚侍へのご愛情は年月とともに深くなるばかり。
一方、源氏の君はたしかにご立派ではいらっしゃるけれど、ご愛情は頼りない。
尚侍はそれが分かるお年になっておられた。
<源氏の君との恋は若気(わかげ)(いた)りだった。入内(じゅだい)が決まっていたというのに軽率(けいそつ)に関係をもってしまって、しかもそれが父君に見つかって、たいへんな騒ぎになってしまったのだ。私自身はもちろん、源氏の君の未来も傷つけた。何もかも私が浅はかだったせいだ>
と反省していらっしゃる。
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