明治時代にタイムスリップとか有り得ない!!
第二章、愉快ナ仲間達
「勇さん」
「どしたー?」
ぼんやりとガス灯が照らす道を二人を乗せて人力車は動く。
「死ニカエリって何処にでもいるんですか?」
この時代の人は視える視えないはとにかく、その存在を認識しているのか気になった。
勇は空に浮かぶ満月を見て「うん、いる」と頷いた。
その目は近くを見ているようにも、遠くを見るようにも見える。
「昔より少なくなったけど…少なくとも討伐課が機能しているくらいに死ニカエリ絡みの事件は報告されてるんだ」
「へ〜…!」
「死ニカエリという(おおやけ)に出来ない現象を特権的に扱う内務省直属の部署。仕事内容は取り締まりや事件調査を行うんだー!被害報告が上がれば何処へでも駆け付ける!しかし、、、人手不足なんだよー」とため息をついた。
その後の「給料が並だからか…?」という声が余計に現実味を増す。

勇にちょっと紹介したい奴らがいるんだ!と連れられてきた場所は大きな館だった。
白壁の外壁、点々と灯りが付いているこの場所は―――
「内務省だよー!俺の仕事場」
勇を先頭にしてロビーを歩く。勇は通りかかる同僚に軽く挨拶をした後、階段を登った。そしてキョロキョロしながら柚も後について行く。
『討伐課』と木札が下げられた部屋に入ると、六人の男性が部屋の中にいた。その中には咲真もいる。
一人一台ずつ与えられたであろう執務机には書類が山のように積まれて雑然としている。
警察は機密が多いところである。見られたらまずい情報もこの中にはあるだろうに。
「え、勇。この子が捜査協力してくれてる子?」
「そーそー!望月柚ちゃん!」
「へ〜!望月ちゃん。何時も勇がお世話になってます、差し入れで貰ったあんぱんあるけど食べる?」
あんぱんを差し出してくる一人の男性。
「俺は立花颯介(そうすけ)!好きな物はあんぱん!!」ソファに座りながら扇子を手の中で(もてあそ)んで話す颯介。
低めの机には何故か双六(すごろく)の紙とサイコロが置かれている。
「おい立花!俺は世話になってないからなー!」
「嘘つけ」
「また喧嘩ですか」
「放っとけ放っとけ」
喧嘩しだす颯介と勇。二人の喧嘩は日常茶飯事らしく、誰もその喧嘩を止める人はいない。
「てか、上司は?」
「まーた芸者(げいしゃ)のとこ行ってんだろ、多分」
「おれ、それに明日の昼餉を賭けるわ」
「良いね!俺は木村屋のあんぱん」
「それはお前の好きな食い物だろ!」
「ああ見えても妻子持ちだから芸者のとこではないだろ…多分」
わいわいしていると、柚に向けて自己紹介が始まった。
「坂田健一、二十四歳。よろしく。…何言えば良い?」
「普通は趣味とか」
「あー…趣味は水彩画」
美術系が得意な坂田健一、二十四歳。
「僕は虎太郎(こたろう)。みんなからは虎って呼ばれてるからそれで呼んでくれ」
ごくりとお茶を飲み、虎太郎はきっぱりと言い切った。
「虎…さん?」
「ブホッ…」
カタカタと震える颯介。面白可笑しそうに笑いを堪えて震えている。
「なぁ、井上!虎…虎さんって…クククッ」
井上と名前を呼ばれた男性は何かを食べている手を止めた。ふぅと息を吐いて髪を後ろに掻き分けた。
「柚さんは何も気にすることじゃありませんよ。颯介くんは筆が転がっただけで笑う程にツボが浅いですから」
「そう…ですか…」
「柚さん、甘い物はお好きですか?」
「え、あ、はい…」
「なら、これを食べてみると良いですよ、美味しいので」
井上は茶色で四角い食べ物が入った箱を柚に勧める。
「お、これ風月堂のチョコレヱトじゃねぇか!」
「ほう」
「げっ、高いんだろ?」
「これ、一箱いくら?」
「四十錢です」
現代の値段に換算すると八千円。
「はぁ!?四十錢!?二十粒しか入ってないのに!?」
みんなはチョコレヱトに興味津々のようだ。当時、庶民にとってチョコレヱトは高級品。非常に高価だったことから、あまり普及しなかったという。
それにしても一箱四十銭のチョコレヱトというのは…少し食べてみたいものである。
「チョコレヱト、柚さんも食べますか?」
「食べます!!」
柚は即答だった。
もしかして、牛鍋やらチョコレヱトやら私って知らず知らずのうちに餌付けされてる?と柚は思いながらも、この時代で食べるチョコレヱトを味わった。
柚、安心してほしい。餌付けされているのは半分正解だ。
「討伐課って、お金持ちが多いんですね…」
「勇と昴だけな。後は…上司か」
近くで見物していた『田中(わたる)』が耳打ちする。
昴というのは、井上の名前だろう。
「勇は大山家の跡取り、昴の家は新潟の大地主、上司は宇多源氏(うだげんじ)の末裔だな。それ以外はみんな庶民だよ」
(宇多源氏…?抹茶の名前にありそう…)
大地主というのは何となく分かるが、跡取りってだけでお金持ちなのだろうか?それに姉がいるって言ってたし…。
「大山家?」
「そこら辺の華族の末家より家柄が良い」
「おぉ…」
華族とは、現代風に直すなら貴族のようなものである。
「でも、父親と折り合いが良くないらしくてな。将来のことで喧嘩して勘当(かんどう)されかけて、家を飛び出したんだと」
「そうなんですか…」
その話を聞いて柚は納得した。郊外といえど大きな家は全てを語っている。酔っ払った時に、あの家は祖父が建ててくれた物だと言っていたのを柚は覚えていた。
< 10 / 39 >

この作品をシェア

pagetop