歪んだ月が愛しくて1
形の良い唇から紡がれた言葉にゴクリと息を飲み込む。
「おや、顔色が変わったね」
「………」
聞き間違いならいい。
でも俺の耳には確かに届いた。
「……何言ってるんですか?俺は藤岡ですよ。そんな名前の奴なんて知りませんけど」
それでも誤魔化すしかない。
正体がバレたらもうここにはいられないのだから。
「ふふっ、やっと見つけたよ」
でも目の前の男はそれを許さない。
「人違いです」
さて、どうしたものか。
とりあえず適当に誤魔化してこの場を切り抜けるしかないか。
「僕の目は誤魔化せないよ」
いや、誤魔化されろよ。
空気の読めない奴だな。
「初めは僕も驚いたよ。まさかこんなところで君と再会出来るとはね」
……よりによってこんな人目のつく場所で。
「これも運命かな」
これじゃあ殴って黙らすことも出来ない。
「俺は藤岡立夏です。そんな男は知りません」
「おや、だったら何故彼が男だと知っているんだい?」
「、」
一瞬、言葉が詰まった。
「確かに君の言う通り彼は男だ。しかし彼を知らない君が何故そのことを知っているんだい?」
「それは、何となく…」
しまった。
失言だった。
「彼はこの東日本でその名を知らぬ者はいないほどの有名人だが人と慣れ合うことを極端に嫌っていた。負け知らずの彼の正体を知る者は極僅か。彼と拳を交えた者か、傍にいることを許された側近か…」
「………」
その続きは容易に想像出来た。
俺は来たるべく衝撃?現実?に備えて身構えた。
「本人しか知りえないことなんだがね」
……ほら、来た。
でも訪れた衝撃は案外軽かった。
それはちょっと自分でも驚いた。
「いくら髪型や色を変えたところで僕の目は誤魔化せないよ。月夜を背に透明に近い銀髪から覗く悪魔のような真紅の瞳で人々を魅了し恐れ称えられた、―――僕等の敵」
(敵、か…)
無意識に心の中で復唱すると何とも言えない気持ちが込み上げる。