歪んだ月が愛しくて1
「おや、駒鳥じゃないか。それに未空も一緒でどうしたんだい?」
「寮長…」
「アゲハじゃん」
声の主は寮長だった。
寮長は俺達に気付くと一歩ずつ近付いて来た。
「アゲハこそこんなところでどうしたの?管理人室は1階じゃん」
そう、ここは3階のエレベーターホール。
目と鼻の先には俺達の部屋がある。
だから未空が不思議に思うのも無理はない。本来管理人室にいるべき寮長がここにいるのだから。
「君に用があるからに決まってるじゃないか、未空」
「え、俺?」
「邦光が捜していたよ。何とも言えない鬼の形相でね」
どんな顔だよ、それ。
「みっちゃんが…?」
「みっちゃん?」
誰?
「駒鳥は忘れん坊さんだね。邦光は君等のクラスメイトじゃないか」
いや、知らねぇよ。
下の名前やあだ名で言われても分からんわ。転入して来たばっかだぞこっちは。
「……そうなの?」
とりあえず寮長の言葉を無視するわけにもいかず安易な気持ちで未空に尋ねると何故か未空は真っ青な顔をして冷や汗を掻いていた。
「ど、どうしよ、俺…殺されるかも…」
「こ、殺される?」
「それは大変だ。また何かやらかしたのかい?」
「………覚えてない」
「だったら早く行った方がいい。邦光が暴れ出したらそれこそ本当に取り返しがつかなくなってしまうからね」
「でもリカが…」
「俺は別に…「安心したまえ。駒鳥はこの僕が責任を持って部屋まで送り届けよう」
いらねぇよ。
そう思いながらも目の前で「え、いや、でも…」と渋る未空を見て寮長の言葉に乗ることにした。
「……早く行きなよ。未空が殺されて困るのは俺なんだから」
「リカ…っ!うん、俺行って来るね!」
「邦光は食堂にいたよ。くれぐれも僕に面倒を掛けないでくれたまえ」
「分かってるよ!じゃあねリカ!また明日!」
そう言って未空は猛スピードで俺の前から姿を消した。
未空の後ろ姿を見送りながら足速いな…と暢気なことを考えていた。
だから、油断していた。
「じゃあ俺も…」
帰ります、と言葉を続けようとした時だった。
「―――“ ”」
その言葉に、その単語に、俺は足を止めた。
いや、止めざるを得なかった。
それは俺が消し去りたい過去の一部。