歪んだ月が愛しくて1



「あの“B2”の…」



曖昧な記憶の中、あの日の情景がぼんやりと浮かぶ。

闇に映える唯一の色を振り撒きながら華麗に舞う―――血濡れの蝶。



「―――“地獄蝶(じごくちょう)のアゲハ”」

「ふふっ、そうとも呼ばれてるね」



今の今まで忘れていた。
あの頃は誰彼構わず相手していたから正直“B2”を潰した自覚すらなかった。
後でアイツ等に話したら「面倒なところに手を出すな」って怒られたのを覚えている。



でも、何で今更?



「……アンタの目的は?」

「目的?」

「俺のこと恨んでるんだろう。仇でも打つ?」



口角を上げて態と挑発する。

喧嘩売る気は毛頭ないが奴の出方を見るためだ。



「……君は、何か勘違いをしているようだね」

「勘違い?」

「僕は君を恨んでなんていないよ。勿論僕以外のメンバーもね」



その言葉に耳を疑った。
同時に有り得ないと思った。



「……何で?」



そんなはずない。

だって彼等にとって俺は仇なんだから。



「僕等は君と戦い敗れた。それだけのことだろう」



それだけ?

いや、そんな一言で済ませていい問題じゃない。



「……アンタ、バカなのか?」



そう言うと寮長…、もう面倒だからアゲハでいいや。
アゲハはぽかんとした間抜け面で俺を見つめた。
まあ、突然バカ呼ばわりされたんだからそりゃ驚くか。
でも納得出来なかった。他人の…、それも“B2”に関係のない俺が、ましてや“B2”を潰した俺が言うのは烏滸がましいが言わずにはいられなかった。



「全然それだけなんかじゃない。それほどのことだろうがっ」



勝ったとか、負けたとか。

そんな簡単なものじゃない。



「恨んでない?」



『…ごめん、シロ……』



……無理だ。

俺なら恨まずにはいられない。



「なん、で…」



大切だから。

誰よりも、何よりも、大切だからこそ。



「何で、そんな綺麗事言えるんだよ…」

「………」



俺には出来ない。

大切な人を傷付けられて、大切なものを失って。

それでも恨まずにはいることなんて不可能だった。



あの男にも、自分自身でさえも。


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