歪んだ月が愛しくて1



「帰るぞ」

「………」



そう言って会長は俺から離れて前を歩く。

急激に冷めていく、俺の体温。



(何だろう、これ…)



「……寒い」

「あ?」



無意識だった。
まさか声に出してたとは思わなくて、気付いた時には会長が目の前に立っていた。



「寒い?風邪でも引いたか?」

「……分かんねぇ」

「は?」



自分でもよく分からない。

ただ急に寒くなって、心細くなって。



『シロ!』



無性に会いたくなった。



『…ごめん、シロ……』



俺が傷付けてボロボロにしてしまった、アイツに―――。



「おい」

「、」



ハッと、我に返る。



ああ、またやっちゃった。

何度思い返せば気が済むのだろう。

もう会えないのに。彼等を想えば想うほど辛いのは自分なのに…。



「すいません。何でもな……ぶはっ」



そう言い掛けた時、柔らかいものが視界を覆った。



「着とけ」



俺の顔を覆ったのは自分のものよりも大きいブレザーだった。
これってさっきまで会長が来てた奴だよな…?



「……何で?」

「寒ぃんだろう」

「いや、でも俺がこれ着たら会長が…」

「こっちはお前に走らされたせいで暑ぃんだよ。いらねぇから着とけ」

「いや、それこっちの台詞だからね!」



誰だよ、発信機まで使った奴は。
こっちは会長に走らされたお陰で汗掻いたから冷えたんだぞ。……多分。



「いいから着とけって」



会長は俺の手からブレザーを奪うと俺の肩にそれを羽織らせてくれた。

……なんだかな。



「行くぞ立夏。早く戻んねぇと九澄が煩ぇからな」

「はいはい、今行きま…」



その声にバッと顔を上げると、会長は平然とした様子で「何止まってんだよバカ」と暴言を吐かれた。
いつもなら言い返すところだが会長があまりにも普通だったから気付くのに遅れてしまった。



「何で、俺の名前…」



ゲームに勝ったのは会長なのに…。



「誰も呼ばないとは言ってねぇだろう」



……は?



「何、それ…」



意味が分からない。
確かに名前で呼ぶことを罰ゲームに選んだのは俺だけどそんな簡単にあっさりと…。
罰ゲームに選んだ意味がない。だって会長の言い分を鵜呑みにするならそもそも会長は俺のことを名前で呼ぶつもりだったことになる。



(そんなの…、)



会長を捉えていた瞳をゆっくりと地面に下ろす。



名前を呼んで欲しい。

そう言ったのは俺だけど何か……ダメかも。



「立夏」

「っ、」



背筋がゾワッとした。
ただ名前を呼ばれただけなのにこんなにも心臓が煩くて落ち着かない。



「……お前、何で顔赤いんだ?」

「っ、……う、煩い!」

「は?」



無遠慮に顔を近付ける会長のせいで頬に熱が集中するのを感じる。



「帰るっ!!」

「おい、大講堂はそっちじゃねぇぞ」

「知るか!」

「バカ。足怪我してるくせに……あ、おいっ」



そんな自分を誤魔化したくて、俺は会長を振り切って森の中を全力疾走した。



「……何だアイツ?」



やっぱり嫌いだ。

その目も、声も、会長自身も…。


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