歪んだ月が愛しくて1



「約束通り俺専属の庶務になってもらうぞ」

「チッ」



やっぱり覚えてたか。

顔じゃなくて頭狙うべきだったな。



「不満そうだな」

「当然」

「でもやるんだろう?」

「……負けたからね」



そう言うと会長は満足げに微笑んだ。



「お前ならそう言うと思った」

「………」



思惑通りに事が進んでさぞかし気分がいいだろうな。
優越感に浸ってるその横っ面を思いっきし引っ叩いてやりたい。
でも悔しいけど負けは負けだ。
態と煽って来たり発信機使ったり他にも色々と嗾けたりしたんだろうけど、会長の言う通り勝負は結果が全てだ。卑怯もクソも関係ない。



はぁ…、仕方ない。

ここは腹括って庶務でもパシリでもやってやるか。



「……近い」

「態とだ」

「何でだよ」



とは言えそのドヤ顔はやっぱりムカつくな。

マジで引っ叩いてやろうかな。



「あ、そう言えば」



ふと思い出したのはさっき会長が言い掛けたあの言葉―――。



「あのさ、さっき何を言い掛けたの?」

「さっき?」

「……まあ、覚えてないなら別にいいけど」



覚えてないならそれでいい。深く追及するつもりはない。
今更「何があった」と聞かれても答え難いしきっと会長が望む答えは与えられないから。



そう思って会長に背を向けて歩き出そうとした時、不意に腕を掴まれた。



「何?」

「………」



え、無視?

自分から引き止めたくせにだんまり?



「あの、用がないなら…」



不意に会長の手が伸びる。
会長の手が視界に入って来た瞬間、無意識に身構えた。
それに気付いた会長は瞬時に動きを止めたが、何か考える素振りを見せた後、その手をゆっくりと俺の頭に置いた。
反射的に顔を上げるとそこにはいつもの険しい表情はなかった。



「……悪かったな」



予想外の言葉に驚きを隠せない。



「なに、が…」

「………」



会長はそれ以上何も言わなかった。
ただ俺の頭に手を置くだけで何も応えてくれない。



ああ、またそんな目で…。



(嫌だな…)



まだ知りたくない。

何も気付きたくないのに。



次の瞬間、会長の指が俺の額を弾いた。



「あでっ」



じ、地味に痛い…。

いきなりデコピンされて額を押さえながら会長を睨み付ける。



「それ、逆効果だぞ」

「は?」



何が?



「……お前、謎」



いや、その前にまず謝れよ。

デコピンしてごめんなさいだろうが。



……てか、それを会長が言うか。



「アンタには言われたくねぇよ」



俺を謎と称する、会長。
でも俺からしたら会長の方がよっぽど謎だ。
まず一挙一動が謎。そして言動も謎。さっきの謝罪といい、デコピンといい、会長が何を考えているのか分からない。



「何なんだよアンタ。いきなり訳分かんないこと言ったり急に謝ったりデコピンかまして来たりもう訳分かんねぇよ。どっからどう見てもアンタの方が謎だから。俺の方がよっぽど…っ」



グッと、腕を引かれた。
突然のことにバランスを崩すと俺の身体は会長の腕の中へとダイブした。



「アンタな…っ、マジで本当何考えてんだよ!喧嘩売ってんのかこの野郎!」

「売ってねぇから吠えんな。それに誰も悪いとは言ってねぇだろう」

「は?」



ヒリヒリする鼻を摩りながら会長を見上げて少し後悔した。



「訳分かんねぇ方が退屈しなくていい」

「、」



低音が鼓膜を犯す。
ゾワッとした感覚に会長の胸を押し退けて距離を取ろうとしたが、会長は反対の腕で俺の腰を抱いて逃がしてくれなかった。



「ちょっ…」

「訳分かんねぇから知りたくなる」



力が入らない。

抗いたいのに抗えない。



「俺も、お前も」

「………」



本当、嫌になる。

この目も、この声も、会長自身も…。


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