歪んだ月が愛しくて1
立夏Side
「……迷った」
会長から逃げるために形振り構わず突っ走った結果がこれだ。
しかも暫く身体を動かしてなかったせいで思ったよりスタミナ切れが早い。……情けない。いや、これも全て会長のせいだ。俺を無駄に走らせた会長が悪い。そう言うことにしとこう。
「疲れた…」
足を止めて息を整える。
すると背後からパキッと枝を踏んだ音が聞こえた。
「、」
「おや、こんなところで会えるとは奇遇だね」
その音に勢い良く振り返れば、そこには木に手を付いて変なポーズを決めるアゲハの姿があった。
「ア、ゲハ…」
「何をそんなに驚いているんだい?」
「………」
変な格好……じゃなくて、アゲハの気配に全く気付かなかった。
さっきの会長のことといい、今といい、ここの空気に慣れ過ぎてていけない。
「ふふっ、その顔は僕の気配に気付かなかったってところかな。かつて名声と栄光を欲しいままにした君にしては随分とお粗末じゃないか」
「……やめろ」
ざわっと肌が波打つ。
その微かな変化にアゲハは顔色一つ変えることなく一瞬で理解したようだった。
「すまない、昔の癖が抜けなくてね。機嫌を損ねないでくれたまえ」
別に機嫌を損ねたわけじゃない。
ただ我慢が効かなくなっていた。
かつての俺を知る人物の前では解放しそびれた獣が枷を破って唸り声を上げて挑発する。
―――ここから出せ、と。
グッと両手を固く握り締めて自制を試みる。
……ダメだ。
ここで解放するわけにはいかない。いや、死んでも出すもんか。
「……で、何の用?」
「迎えに来たよ」
「は?」
迎え?何の?
「独りぼっちで心細かったろう。でも安心したまえ。この僕が迎えに来たからにはもう迷子になることはないよ」
「ゔっ…」
バレてたか。
しかもよりによってコイツに…。
この歳になってまで迷子とか恥ずかし過ぎる。
「……何でお前が迎えに来るんだよ?」
「頼稀が教えてくれてね。ゲームが終わったのに中々駒鳥が帰って来ないから心配していたよ」
「心配ね…」
だったら頼稀が迎えに来てくれよ。
何でアゲハを寄越すかな。
「さあ、行こうか」
そう言ってアゲハは俺に向かって手を差し出した。
自然体で優雅なその仕草に特段違和感はなかった。顔が綺麗って本当得だな。
「……何、正義のヒーローでも気取ってんの?」
「Non、僕は所詮ただの負け犬さ」
「自分のこと負け犬とか言ってアンタってもしかしてマゾ?」
「あははっ、まさか」
どうだか…。
イマイチその笑顔が信用ならないんだよな、コイツ。
「なら案内宜しく」
「お任せあれ、我が銀白の姫よ」
「キモい死ねくたばれキザ野郎」
「冗談さ」
……そう言うところだよ。