歪んだ月が愛しくて1



立夏Side





一難去って二難も去った新歓を終えて漸く平穏な日常に戻れるはずだったが、会長との賭けに負けた俺を待っていたのはパシリと言う名の庶務の仕事だった。



「おい、煙草」

「………」

「た・ば・こ」

「……はい」

「灰皿」

「はい」

「コーヒー」

「はい」



放課後となり生徒会室には続々と役員達が集う。
それぞれが自身の定位置に腰を沈める中、彼等の視線は一直線にこちらに向けられていた。



「まーたやってるよ」

「そのようですね」

「……何か夫婦みたい」

「くくっ、何拗ねてんだよ」

「す、拗ねてねぇよバーカ!」



外野の声なんて聞こえない。いや、無視しよう。



「どう、ですか?」

「……薄い」



会長はカップに入ったコーヒーを一口飲むとすかさず不満げな声を上げた。
それに比例するかのように深々と溜息が零れた。



「溜息吐きてぇのはこっちの方だ。お前に教えてやってから何日経ったと思ってる」

「……4日?」

「5日だバカ」

「誰がバカだ」



このやり取りから想像出来るように俺はこの5日間会長好みのコーヒーの淹れ方を徹底的に教え込まれていた。
普通より濃いめが好きで、淹れ方は初心者でも簡単なペーパードリップ式。



「お前の頭は動物並みか?一度で覚えろ」



淹れ方は簡単だ。
でも会長好みのコーヒーを淹れるにはちょっとコツがあるらしい。知らんけど。



「誰が動物だ。どっからどう見ても人間だわ」

「そうだよ!リカが何の動物に見えるって言うんだよ!」

「そうそう、俺が何の………は?」

「りっちゃんはリスっぽいなぁ」

「ペンギンですかね」

「俺は猫だと思う!この前の猫耳リカ最高だった!」

「未空お願い。それは忘れて…」

「ゴリラ」

「誰がゴリラじゃ!」



安っぽい挑発に乗ったら相手の思う壺だと言うことは分かってる。
でも会長の前だと自分を抑えることが出来なくてつい感情を剥き出しにしてしまう。
今だって「まんまじゃねぇか」と挑発して来る会長の横っ面を張り倒してやりたくてウズウズしていた。



「もうそのくらいでいいじゃないですか。立夏くんはよく頑張ってますよ」

「九澄先輩…っ」

「そうだそうだ!尊はリカにちょっかい出し過ぎなんだよ!ちょっとは我慢しろよな!」

「煩ぇ。無駄口叩いてないで手を動かせ」

「書類でしたらもう終わりましたよ。貴方が立夏くんとイチャイチャしてるうちにね」

「気付かなかったのけ?」

「気付いてるわけないじゃん。さっきから鼻の下伸ばしてだらしない顔してんだから」

「お前と一緒にすんな」

「痛ってぇ!」



言わなきゃいいのに…。

お約束の展開に内心呆れるしかない。


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