歪んだ月が愛しくて1
「……起爆剤が必要だな」
「起爆剤、ですか?」
「いるだろう?アイツの近くにとっておきの拗らせ野郎が」
「あの方を…。どう言う風の吹き回しですか?散々立夏様から遠ざけていたのに今になって何故…」
「必要に迫られて…、だな。リツのことを思えばアイツをここに呼び寄せるのは少し不憫な気もするが悪い話じゃないはずだ、お互いにな」
「良い意味でも悪い意味でもあの方の存在が立夏様にとって起爆剤になるとお考えのようですが、少々荒療治ではありませんか?」
「かもな。でもずっとこのままってわけにもいかねぇだろう。その元凶を作ったのが鏡ノ院なら尚更な」
「責任を感じておられるのですか?」
「多少はな」
「多少…」
結果はどうあれ起爆剤の効果を期待しているのは確かだ。
アイツの存在がリツの心のひびを突いてくれればリツの考えも少しは変わるかもれない。
勿論それ以上の結果も期待しているがそっちに関しては正直どうなるか分からない。お膳立てはしてやれるが俺に出来ることはその程度だろう。
(後はアイツ等次第だな…)
俺のやろうとすることを理解した哀は「すぐに手続きに入ります」と言って理事長室から出て行こうとした時、俺はその背中に向かって言葉を投げ掛けた。
「なあ、知ってるか?一度ひびが入ったものは例えそれがどんな物質であっても本来の状態より強度が落ちるらしい」
哀はピタッと足を止めて振り返った。
「いくら綺麗に修理しても完璧じゃない。修理した部分からまたひびが入って修理して…、その繰り返しだ」
「……話が見えないのですが?」
「どんなに虚勢を張っていてもその部分を突けば一発アウト。ひび一つで簡単に壊れちまうってことだ。そしてそのひびを辛うじて繋ぎ止めていた奴はもういない」
「白々しい。自分で引き離したくせによくそんなことが言えますね。直接手を下したのが貴方じゃないにしても結果的に立夏様を独りにしたのは…、まさか、また同じことをするつもりですか?」
「あれは結果論だ。他意はない。いくら俺様でもリツの大事なもんに手を出すほど外道じゃねぇよ。俺様はそのおこぼれに預かってるだけだ」
「………」
リツを覇王から引き離すならまずはシコリを除去しなければ。そのための起爆剤だ。リツを傷付けさえしなければ存分に引っ掻き回してくれて構わない。
『―――まさか、また同じことをするつもりですか?』
そのつもりはない。
ただそうなってもいいとは思っている。
『―――ふーくん!』
もうあの笑顔が俺に向けられることはなくても、それでも俺はお前の心の中で生きていたい。
嫌われたままでも、恨まれたままでもいい。
ずっと、あの頃と同じように俺の傍にいてくれよ―――立夏。
パタン。
理事長室を退出した後、哀は中央棟を出て正門に向かって歩いていた。
『あれは結果論だ。他意はない。いくら俺様でもリツの大事なもんに手を出すほど外道じゃねぇよ。俺様はそのおこぼれに預かってるだけだ』
はぁ…と、哀は溜息を零して徐に前髪を掻き上げた。
足を止めて振り返り、目前に聳え立つ建物に向かって忌々しく吐き捨てる。
「……どの口がほざいてんだよ、外道が」