歪んだ月が愛しくて1



「くだらねぇ…」



ピクッと、その言葉に眉を顰める。



「何だと?」

「犠牲?立夏以外の人間が不幸になろうが構わない?それがテメーの言う覚悟だったら俺はそんなもん持ち合わせちゃいねぇよ」

「だったら…」

「俺の覚悟は一度掴んだ手を離さないことだ」

「、」



俺への当て付けか。

神代はさも当然の如く言い放つ。



「言って置くが、アイツは返さねぇぞ」



そう言って神代は煙草を灰皿に押し潰して理事長室から出て行った。

室内に残ったのは鼻に付く嫌な臭いだけ。



(言いたい放題言いやがって…)



俺の機嫌の悪さを瞬時に悟った哀は何も言わずに机の上の灰皿を下げて新しい灰皿に入れ換えた。



「主人、吸い殻はこちらに」



哀に言われて自分の煙草を見る。
煙草は既にフィルター付近まで灰になっていたため哀の掌にあった灰皿にそれを押し潰す。
更に俺の心情に拍車を掛けるかのように室内には未だマルボロの臭いが残っていた。



「換気しろ」

「はい」



哀は部屋中の窓を開けて換気する。
どこから取り出したのかその手に持っていた消臭スプレーを絨毯やソファーに噴き掛ける。



「宜しいのですか?」

「何が?」

「このまま彼等に立夏様を預けてしまって」

「……いいわけねぇだろう」



いくらリツが覇王と一緒にいることを選んだからと言ってはいそうですかと納得出来るはずがない。

例え俺がリツに選ばれなくても…。



『―――ふーくん!』



(やらねぇよ…)



あの笑顔は俺だけのものだ。



「ですが無理矢理引き離すのは得策ではないかと。それでは立夏様の心に遺恨を残すだけで余計に覇王と言う存在を意識させる可能性がございます」

「そうだな」



何本目かの煙草に手を伸ばして先端に火を点ける。
室内にはキャスター独特の甘い匂いが充満していく。



「何か考えがおありのようですが、口に出して頂かなければ私には分りかねます」

「ハッ、どの口が言ってんだよ」

「この口ですが」

「28年間生きて来たが俺様はお前ほど優秀な人間を見たことないがないぞ。勿論《《秘書》》としてだが」

「ありがとうございます」

「嫌味だバカ。まあいい。要はリツが自発的に生徒会を辞めれば済む話だ」

「今のままでは不可能に近いかと…」

「今は、な…」



哀の言う通り今の状態でリツを覇王から引き離しても何かしらのシコリが残るだけだ。
完全に覇王から引き離すとしたらリツが覇王を見限るか、覇王がリツを見限るか。若しくはリツが自らの意思で生徒会を辞めるきっかけがあれば…。


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