本当の愛を知るまでは
「お疲れ様でした、お先に失礼します」

翌日。
定時になると、花純はカバンを手に足早にオフィスを出る。
これからデパートを回って水着を探すつもりだった。
1階でエレベーターを降りると、ロビーを横切る。
すると後ろから「森川さん!」と呼ばれた。

「滝沢くん! お疲れ様、今上がり?」
「そうっす。森川さんも?」
「うん、そう。お盆期間もお仕事大変だったね、お互い」
「ほんとっすよ。どうですか? このあと一杯」
「あー、今日はこれから予定があるの。ごめんね。じゃあ」

手短に切り上げて別れようとした時だった。

「待って」

ふいに滝沢が腕を掴む。

「どうかした?」
「うん、あのさ。ちょっといい? すぐ済むから」
「いいけど、なあに?」

滝沢は黙ってロビーの片隅に行き、花純もついて行く。
振り返ると、いつになく真剣な表情で滝沢は正面から花純を見つめた。

「森川さん、俺とつき合ってほしい」
「……え」

思いもよらない言葉に、花純は言葉が出て来ない。

「俺、ずっと森川さんの笑顔に癒やされてた。最初は綺麗なお姉さんだなと思って、だんだん気になってきて……。就活始めた時の言葉に救われて、惚れ込んだ。森川さんから見れば俺なんてガキみたいって思うかもしれないけど、男として絶対守ってみせる。だから俺とつき合って」
「滝沢くん、あの……」
「返事はまだいらない。今ならノーって言われそうだから。ちゃんと俺を一人の男として見てから返事ちょうだい。じゃね」

そう言うと軽く手を挙げて、軽やかに去って行く。
花純はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
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