本当の愛を知るまでは
無事に退院した光星は自宅マンションではなく、オフィスの仮眠室でしばらく生活することになった。
そこなら臼井も花純も頻繁に様子を見に行けるし、身の回りの世話をしやすいという理由からだ。
花純は出社前や退社後に、必ず52階に上がって光星のもとを訪ねる。
今日も出社前に立ち寄ると、光星は朝食を食べているところだった。

「光星さん、おはようございます。具合はいかがですか?」
「花純、おはよう。今日も可愛いな」
「はっ? 朝から何を言ってるんですか」
「毎日会えるから、嬉しくて」

その時、ゴホン!と後ろから咳払いが聞こえてきた。

「すみません、お邪魔虫で」
「臼井さん! いえ、そんな」
「森川さん、今夜は夕食ご一緒にいかがですか?」
「あ、はい。ご迷惑でなければ」
「迷惑だなんて、とんでもない。森川さんがいてくれないと、社長のご機嫌が斜めになるので」

臼井!と、光星が焦ったように言う。

「子ども扱いするな」
「子どもだなんて思ってませんよ。下心アリアリの大人の男です」
「臼井!」

しれっとしたままの臼井とムキになる光星を見比べて、花純はふふっと笑う。

「それじゃあ、また終業後に来ますね」
「ああ。行ってらっしゃい、花純」
「はい、行ってきます」

パタンとドアが閉まると、臼井はニヤリと光星を振り返った。

「怪我の功名と言いますか、すっかり愛が深まったようで。これはもう、結婚に向かってまっしぐらってとこですか?」
「いや、そうでもない」

思いがけず表情を曇らせた光星に、臼井は首をひねる。

「何か心配ごとでも?」
「……仕事するぞ」

強引に話を切り上げると、光星はデスクに向かう。
つき合うことになった時の、花純の言葉を思い出していた。

『恋愛と結婚はまったく別の感覚なんです。結婚はお互いの条件が合う人と交わす契約、みたいに捉えています』
『私は人より恋愛感情が乏しくて。好きになっても、このままずっと一緒に生きていきたいとは思えないんです。結婚は好きとか愛してるって感情より、条件が合う相手とする方が上手くいくと思うので』

いつか必ず花純にプロポーズする。
だが、頷いてもらえる自信が、今の光星にはなかった。
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