だから、あたしは
 あたしは衝動的に雨の中へと駆け出していた。ジェラシーなのか焦りなのか分からない。頭の中が揺れている。

 早く、女の子に戻りたいんだよなぁ。 

 ザーーー、ザーーー、サザーーーーー。

 上を向いて雨を浴びた。ああ、澱んだものを流してしまいたい。あたしは 虚ろな目のまま、亡霊みたいに立ち尽くしていた。しばらく、そうやって激しい雨に打たれていたのだけれど……。

「いずみ! おまえ、何やってんだよ! 制服が濡れるぜ。えっ、いずみ?」

 トイレに行ったくり帰らないから、あたしを心配してくれたのね。騎士が駆け寄ってきたのだが、すぐに、あたしの異変に気付いた。

「どうした? 唇の横に痣があるぞ……。何があったんだ?」

「本田に殴られたの。あいつ、こっそりと煙草か大麻みたいなものを吸っていたの。それを咎めたら、あいつが逆切れしちゃって……」

 言っているうちにブワッと目尻に悲しみが溢れてきた。やだなー。泣くつもりなんてなかったのに。騎士が、あたしを抱きしめた。

 雨から守るかのように肩を抱いたまま、ゆっくりと歩き出している。

「そうか。可哀想にな。帰ったら消毒しような」

 学校から家までは徒歩で十五分という距離なのだ。無口になってしまったあたしを覗き込んでいる。雨は小降りになった。もう傘は必要ない。昇降口から出た。彼岸花が鮮やかに咲いている農道を歩きながら告げていく。

「あたし、さっき、西島先生から聞いたの。婚約者の女の子が騎士に会いたがっているそうなのよ」

「元、婚約者ってやつだよ」

 肩をすくめた。何か、言い難そうにしている。

「その子は、死んだばぁちゃんの親友の孫なんだよ。おませな子だった。いきなり、キスされて面食らったこともある」

「どうして、婚約を解消したの?」

「ガキの頃は愛とか恋とかよく分からなかった。だけど、中学二年の頃、あいつとの結婚なんて絶対に無理だと悟ったんだ。本気で惚れた奴と付き合いたい。妹みたいな子じゃ駄目なんだよ。なんつーか、やっぱり、一途に愛した女性と結ばれたいじゃん」

 しっかり者の騎士が愛する女性って、一体、どんな人なのかしら? 

「あいつに変な期待を持たせるつもりはない。妹としてしか見ていないってことを理解してくれって、毎回、言っている。好きな相手としか付き合えない」

「騎士は好きな人はいないの?」

 ちょっと目を瞬いた。そして、少し目を微妙に浮かせながら言う。

「いや、今のところは別に……」

 ああ、すごく知りたいな。騎士の目には、今のあたしはどう映っているのだろう。いや、聞くまでもない。ただの同居人の男の子だ。

 恋愛の対象にはなれない。

 ヒリヒリと込み上げてくる恋心のせいなのか、目尻がジワリと熱くなり涙が浮かんでくる。騎士は色々な意味で誠実な人だ。それに優しい。

< 48 / 104 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop