だから、あたしは
20 戸惑い
この日、午後二時に澄子さんが旅先から帰って来たのである。リフレッシュしたのね。顔全体から喜びが溢れている。いつも以上にテンションが高かった。

「ただいまー。剣、ありがとう! 船内のディナーショーは最高だったわ。本当に楽しかったわ。台湾はタビオカ・パラダイスよ。船にはショーの舞台や映画館もあるのよ。船で、いろんな国り人たちとお友達になれたのよ。LINEの交換しておいたわ」

 騎士は虚ろな顔のままだった。澄子さんのスーツケースを運んであげている。今日から、澄子さんが家にいると思うと、あたしはホッとしていた。

 一週間ぶりに対面したというのに騎士は魂が抜けような顔をしている。息子を一目見ただけで異変に気付いたのか、不安そうに声をかけている。

「剣、えっ、あなた、どうしたの。変だわ。もしかして、留守中に、何かあったの? まさか、いずみ君と、また喧嘩でもしたの?」

「いや。別に何もないよ」

 素っ気無く答えている。しかし、騎士は、澄子さんが作った夕飯を残している。

 澄子さんは、あら、どうしましょうという表情を浮かべている。やはり、母なので息子の異変に気付いているのね。 

 翌朝も無口だった。誰とも目を合わせることがなかった。心の底の底へと意識が沈み込んでいるように見える。

「やだ。どうしましょう……」

 訳が分からずにオロオロしている澄子さん。

 二階の部屋に戻ろうとしている息子に問い詰めるが、彼は無言でスルーしている。

「反抗期なのかしら。あの子には反抗期はないと思っていたのに。ちょっと甘かったわね」

 ごめんなさい。あたしの身体の変化を巡って一騒動があったなんて言えやしないわ。

 キスして以来、二人の間で何かが決定的に変わってしまった。どうすればいいのか分からないわよ。

 とりあえず、いつものようにレオドラにメールで伝えた結果、こんなことが分かったのである。
  
     ☆


 いずみ。一時的に、あなたの胸が大きくなったそうですね。

 もしかしたら、あなたは誰かを好きになったのではありませんか? 

 例の薬は海洋生物の生態を応用した薬なのです。必要性に応じて性を変えるタイプの生き物の力を秘めています。あのたの本能が一時的にホルモンバランスを変えたのでしょう。

 心配しないでください。あなたは元に戻ります。ハムスターも不安定に性を変えながらも最終的に元に戻っていました。持論ですが、男と女。矛盾するものを一つの身体の中で同時に存在する状態で耐え得る寛容さを持つ良い機会だと思います。

戸惑う事も多いと思いますが、日本で色んなことを学んでください。

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