筆頭魔術師様は悪女と呼ばれる呪われた令嬢の呪いを解きたい


 それは、ティアラが十歳、クレイスが十五歳の時のことだ。王都の学園に二人とも通学していて、学年は違えど同じ校舎でそれぞれ学園生活を送っていた。そんなとある日、ティアラは学園の裏庭で言い争う声を聞く。

(何かしら?)

 ティアラが声のする方へ足を運ぶと、今まさに真っ黒なフードを深く被った男が、クレイスの腕を掴んで持っている小瓶の中身をクレイスにかけようとしている所だった。

「何をしているんです!」
「……!こっちに来るな!巻き込まれるぞ!」

 ティアラが声を出して駆け寄ろうとすると、クレイスが驚いて声を荒げる。だが、ティアラはそんなクレイスの言葉を無視して、クレイスを庇った。フードを被った男が持つ小瓶の中身が、ティアラに降りかかる。

「きゃっ」
「チッ!」

 ティアラが小さく悲鳴を上げ倒れ込むと、男は舌打ちをしてその場から消えるようにいなくなってしまった。

「大丈夫か!」
「良かった、無事、なんですね……」

 クレイスがティアラの体を支えて声をかけると、ティアラはほっとしたように微笑んで、そのまま意識を失った。こうして、クレイスの代わりにティアラが呪いを受けてしまったのだった。





「君が俺の代わりに呪いを受けたと知った俺の両親は、君の記憶を操作して、最初から君が呪いを受けたことにしたんだ。俺の家は古くから国に仕える魔術師の家系でね。俺の両親を快く思わない他の魔術師が、腹いせに俺に呪いをかけようとしたんだ。国が大事にしている魔術師の家の息子を助けたということで、君の両親は君の代わりに国から褒章を受けた。そして、国お抱えの魔術師の息子が狙われたということが世間に知られないように、箝口令(かんこうれい)を強いたんだ」

 クレイスは少し憤ったような声音で言葉を紡いでいく。

「俺は、そのことを知った時に許せないと思った。君は俺を助けてくれたのに、国も俺の両親も君に呪いを押し付けて何もなかったかのようにしようとする。両親に呪いを解けないか聞いたけれど、その呪いはとても強力なもので、呪いを解く際の反動を恐れて解くことを試そうともしないんだ。本当に、許せないよ。だから、俺は俺自身の手で君の呪いを解こうと思った。勉強して、両親よりも優秀な、この国一の魔術師になると誓ったんだ」

(クレイス様を、私が助けた?私は記憶を、操作されている?)

 あまりに突然のことで、クレイスの話をティアラは呆然と聞いているしかできなかった。クレイスを助けたなんて記憶はどこにもなく、自分が一人でいるときに呪いを受けた記憶しかない。だが、その記憶は操作されたものだったのだ。

「ありがたいことに、俺には代々国に仕える魔術師の血が流れてる。それに、魔術の知識も豊富だ。おかげで若くして筆頭魔術師になれたんだ。でも、筆頭魔術師になったはいいけれど、国の仕事をするようになってから忙しすぎて、なかなか君に会いに行くことができなかったんだ。あの夜会の日に君に会うことができて本当によかった」

 そう言って、クレイスはティアラの両手を優しく掴んで自分の額にそっと当てる。

「本当に、本当にすまない。俺のせいで、俺の両親のせいで、君にはずっと辛い思いをさせてしまった。どんな償いでもするよ。でも、その前に君の呪いを解きたいんだ」

 そう言って、クレイスはティアラの瞳を覗き込む。クレイスの美しい紫水晶のような瞳は、不安げに揺れていた。

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