呪われた死神皇帝は、亡霊の愛し子に愛を囁けない
(イブリーヌが……。自らの意思で、俺の頬に触れている……)

 これは相思相愛と言っても過言ではないかと浮足立ったところで、彼女から愛の言葉を引き出せなければ意味がない。

(早く俺に、愛を囁いてくれ)

 呪いさえ解ければ。
 オルジェントは今まで彼女に対して伝えられなかった言葉を、好きなだけ口にできるのだ。

(焦る必要はない)

 そう何度も自分に言い聞かせても。
 オルジェントは逸る気持ちを抑え切れず――。
 愛する妻の潤んだ瞳を、じっと見つめた。

(綺麗、だな……)

 彼女の容姿だけを見れば、亡霊に愛されているとは思えないほど美しい。
 漆黒の瞳の奥底には宿る感情は、不安と恐れ。
 それから――少しの期待。

(いや。これは、俺の願望だな……)

 彼女が自身と、唇を触れ合わせてみたいと願っていたのなら。
 夫として、これほど嬉しいことはない。

 オルジェントは妻の頬に触れていた指先に力を込めると――優しい口づけを落とした。

(愛している)

 たとえ彼女に伝えられなくても、構わない。

 言葉にできない分だけ、心の中ではイブリーヌに対する愛を囁こうと決めたオルジェントは――彼女から唇を離すと、満足げに口元を綻ばせたのだった。
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