毒と花。
毒を打つには心の隙間



自己肯定
それは彼女に最も似合わぬ言葉だった。

満たされぬ事が当然と言わんばかりに幸福の限界値を定めるのが常であった。

襟を正した服、整えられた髪、何ひとつ手を加られていない平凡な顔、小綺麗な鞄。
どれもこれも彼女の意思は反映されていない。

意思を持つ事を許されなかったが正しいか。

輝きを失った瞳は常に下を向き、陽光すら入らない。


桃の花、黄色い声、若葉の予感。

鈴蘭という名に似合わず、彼女は灰色であった。


春休みの桜華学院大学はいつもより静かと言えど、学生がちらほらと通学している。
鈴蘭は学内で一番小さな棟に足を踏み入れる。

「はい、確かに受理致しました。退学の手続きは以上になります」
「…ありがとうございました」

機械的なやりとりの後、鈴蘭は元来た道を引き返す。
駅まで直通で向かう学生バス。他の学生たちが歓談を繰り広げる車内に一緒に乗るのは今の彼女には苦痛でしかなかった。

___________否。
彼女は只帰りたくなかっただけなのだ。両親の待つあの家に。
塾講師の父と元塾講師の母の間に生まれた彼女は常に両親の視線の先で生きてきた。
自我を持たず、意思を持たず、心に表情を持たず、指揮された未来へ歩を進めた彼女。
即ち、それは人生の舵取りを放棄したとも言える。

鈴蘭は通学バスに乗ることを拒否して駅まで30分歩いて向かった。
それでも家に帰るのはあまりに憂鬱で、降りた駅は治安が悪い事で有名な繁華街のある場所だった。
ふらふらと歩を進めると、黒いスーツの男が彼女に声をかけてくる。

「お姉さん、綺麗ですね。うちの店、良かったら働きませんか」
「いえ、そういうの興味なくて」

鈴蘭が断ろうと彼の顔を見た瞬間、時が止まったようだった。
この世のものとは甘えないような甘い顔立ちと声。
彼女は数秒間彼の顔を凝視してしまった。

「あの、僕の顔に何か…?」
「いえ、そういうんじゃなくて…すみません」

その時、彼女のスマホが鳴る。着信は母から。過干渉は母は22時を回っても鈴蘭が帰宅しないとこうして出るまで電話をかけ続けた。
鈴蘭が電話に出ようとしたその時、彼がスマホを奪い取り電源を落とした。

「ちょっと!」
「出たくないなら出なきゃいいのに」

ぽたり
鈴蘭の無垢な心に一滴の毒が滴る。
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