十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
空回りする想い
ベレスフォード男爵夫人としての日々は、単調だった。
志願兵から騎士になったルークは早朝に屋敷を出て、王城に出仕する。男爵位はお飾り程度で、彼の本業は騎士だった。
約束どおり、ルークはすぐに女性使用人を雇ってくれた。
いずれも夫を亡くした若い寡婦だったり田舎から働きに出たばかりの少女だったりで、ルークが苦労しながら使用人を集めてくれたのだとわかった。彼女らも自分を採用してくれたルークに恩義を感じているようで、妻であるカミラにも敬意を払ってくれた。
そしてルークの元仲間だという男性使用人たちも、気さくで優しい人たちばかりだった。
彼らは「あのルーク坊やが、こんなにきれいな奥さんを迎えるなんて!」と機嫌がよく、ルークが子どもの頃や戦争で兵士として従軍していたときのことなどを教えてくれた。
それによればルークは異国の平民出身で、戦争で家族を亡くしたことで傭兵になったという。そして十歳の頃にラプラディア王国にやってきてその後に志願兵になり、戦闘能力だけでなく味方を指揮する方法も学んだ。
一年前に国境で勃発した異民族との戦闘で、敵対勢力は太古に失われたとされる魔法具を持ち出していた。
かつて存在していた魔術師たちが作った魔法具は大量殺戮兵器に等しく、魔術師が絶滅した現在ではどの国でも使用を禁じられている。
異民族は魔術師の末裔だったようで、魔道具を使ってラプラディア王国を滅ぼし乗っ取ろうとしたようだ。
まさか相手方が魔法具を持っていると思わず混乱する王国軍に対し、十五歳という若さでありながら卓越した剣技で敵を葬り、また兵士たちに的確な指示を出して戦いを勝利に導いたルークが、国王の目に留まったそうだ。
皆としても、ルークが国王に目をかけてもらって騎士になったのはとても喜ばしいことだったという。皆は戦での怪我などで退役したが、あのルークの屋敷の使用人になって彼とその妻に仕えられるのなら何も不満はないと思っているという。
(皆様、私にも優しくしてくれるわ)
仕事の合間に過去の話をしてくれたコックと厨房下働きたちを見送り、カミラは窓の外を見やった。
結婚して、早くも半月が経った。いわゆる新婚期間ではあるが、夫は多忙で朝早くに屋敷を出て夜遅くに帰ってくる日々でなかなか会えない。初夜も先延ばし状態で、カミラはずっと女主人用の部屋で一人で寝ている。
(避けられている……のかしら)
情けない、とカミラは胸を押さえた。
パメラを心配させないためにも、カミラはルークのよき妻でいなければならない。それなのに自分の言うことはいちいちルークを不快な気持ちにさせるようだし、ルークもルークでカミラと最低限の会話しかしない。
使用人たちは、「ルーク様はお若いので、美しい奥様を前に緊張されているのですよ」と言うが、彼がたまに見せるあの鼻に皺を寄せる表情はどう見ても、緊張なんてかわいいものではない。
……パメラの前では赤くなったり焦ったりふて腐れたりと表情豊かだったのに、カミラでは彼を笑わせることはおろか、穏やかな表情さえさせられない。
(そういえばパメラは、結婚したらしばらくの間ルークに仕事を休んでもらうと言っていたわね)
パメラと結婚したら、ルークは伯爵位と領地をもらうはずだった。高位貴族に仲間入りすることになるので、社交界に馴れるためでもあり新妻との蜜月を過ごすためでもあり、しばらくは屋敷で過ごす予定だと語っていた。
だが今のルークは毎日城に出向いている。騎士にも休日制度はあるはずなのに、彼が屋敷で休む日は今のところ一日もない。
だがラプラディア騎士団では十日に一度は必ず非番の日を入れなければならないと決められているから……ルークは、休みの日もあえて屋敷を離れているのだ。
カミラに、会いたくないから。
(本当に……だめね、私)
ふ、と枯れた笑い声を上げて、カミラは窓辺に肘を乗せてそこに身を預けた。
志願兵から騎士になったルークは早朝に屋敷を出て、王城に出仕する。男爵位はお飾り程度で、彼の本業は騎士だった。
約束どおり、ルークはすぐに女性使用人を雇ってくれた。
いずれも夫を亡くした若い寡婦だったり田舎から働きに出たばかりの少女だったりで、ルークが苦労しながら使用人を集めてくれたのだとわかった。彼女らも自分を採用してくれたルークに恩義を感じているようで、妻であるカミラにも敬意を払ってくれた。
そしてルークの元仲間だという男性使用人たちも、気さくで優しい人たちばかりだった。
彼らは「あのルーク坊やが、こんなにきれいな奥さんを迎えるなんて!」と機嫌がよく、ルークが子どもの頃や戦争で兵士として従軍していたときのことなどを教えてくれた。
それによればルークは異国の平民出身で、戦争で家族を亡くしたことで傭兵になったという。そして十歳の頃にラプラディア王国にやってきてその後に志願兵になり、戦闘能力だけでなく味方を指揮する方法も学んだ。
一年前に国境で勃発した異民族との戦闘で、敵対勢力は太古に失われたとされる魔法具を持ち出していた。
かつて存在していた魔術師たちが作った魔法具は大量殺戮兵器に等しく、魔術師が絶滅した現在ではどの国でも使用を禁じられている。
異民族は魔術師の末裔だったようで、魔道具を使ってラプラディア王国を滅ぼし乗っ取ろうとしたようだ。
まさか相手方が魔法具を持っていると思わず混乱する王国軍に対し、十五歳という若さでありながら卓越した剣技で敵を葬り、また兵士たちに的確な指示を出して戦いを勝利に導いたルークが、国王の目に留まったそうだ。
皆としても、ルークが国王に目をかけてもらって騎士になったのはとても喜ばしいことだったという。皆は戦での怪我などで退役したが、あのルークの屋敷の使用人になって彼とその妻に仕えられるのなら何も不満はないと思っているという。
(皆様、私にも優しくしてくれるわ)
仕事の合間に過去の話をしてくれたコックと厨房下働きたちを見送り、カミラは窓の外を見やった。
結婚して、早くも半月が経った。いわゆる新婚期間ではあるが、夫は多忙で朝早くに屋敷を出て夜遅くに帰ってくる日々でなかなか会えない。初夜も先延ばし状態で、カミラはずっと女主人用の部屋で一人で寝ている。
(避けられている……のかしら)
情けない、とカミラは胸を押さえた。
パメラを心配させないためにも、カミラはルークのよき妻でいなければならない。それなのに自分の言うことはいちいちルークを不快な気持ちにさせるようだし、ルークもルークでカミラと最低限の会話しかしない。
使用人たちは、「ルーク様はお若いので、美しい奥様を前に緊張されているのですよ」と言うが、彼がたまに見せるあの鼻に皺を寄せる表情はどう見ても、緊張なんてかわいいものではない。
……パメラの前では赤くなったり焦ったりふて腐れたりと表情豊かだったのに、カミラでは彼を笑わせることはおろか、穏やかな表情さえさせられない。
(そういえばパメラは、結婚したらしばらくの間ルークに仕事を休んでもらうと言っていたわね)
パメラと結婚したら、ルークは伯爵位と領地をもらうはずだった。高位貴族に仲間入りすることになるので、社交界に馴れるためでもあり新妻との蜜月を過ごすためでもあり、しばらくは屋敷で過ごす予定だと語っていた。
だが今のルークは毎日城に出向いている。騎士にも休日制度はあるはずなのに、彼が屋敷で休む日は今のところ一日もない。
だがラプラディア騎士団では十日に一度は必ず非番の日を入れなければならないと決められているから……ルークは、休みの日もあえて屋敷を離れているのだ。
カミラに、会いたくないから。
(本当に……だめね、私)
ふ、と枯れた笑い声を上げて、カミラは窓辺に肘を乗せてそこに身を預けた。