十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
(そういえば、ルークはどこへ?)

 見たところ彼は仕事の後で着替えているようだったから、行き先は風呂場などではないはず。
 先に行くようにと言われたものの少し気になったので廊下をうろうろしていると、厨房の方からルークの声が聞こえてきた。

(元仲間だということだし、お話をしているのかしら?)

 カミラの前では表情の変化に乏しいルークも、旧友たちとなら気兼ねなくおしゃべりできるのだろう。邪魔するのも悪い、と思ってカミラはきびすを返そうとしたが。

「……だ。あの袖では、満足に食事もできない」

 ルークの声に、カミラの足が止まる。
 何やら怒っているかのような夫の声に、ひやり、ひやり、と冷たいものが胃の奥に落ちてくる。

「あんなひらひらした服なのだから、邪魔になるだけだ。もっとよく考えてほしい……」

(……あ)

 漏れそうになる声を、カミラは口元を両手で押さえることで耐えた。

 邪魔になるだけ。
 もっとよく考えてほしい。

(ルークは皆に、私の愚痴を言っていたの……?)

 押さえた口から震える息が漏れ、そして、ふっ、とうめきそうになるのを堪えた。
 目尻が熱いと感じるのは、きっと、気のせいだ。

 カミラは食堂には行かず、二階の自室に駆け上がった。そこで部屋の片付けをしていたメイドが、驚いた顔でこちらを見てくる。

「お、奥様? 旦那様がお戻りになったのでは?」
「え、ええと……ええ、そうよ。でもちょっと暑いから、ガウンだけでも脱ごうと思って」

 自分のために頑張って着付けをしてくれたメイドにも申し訳なくて、カミラは笑顔を取り繕ってそう言い、刺繍の施されたガウンを脱いだ。
 正直少し肌寒いくらいだが、この下のドレスは袖が手首にぴったりしているし襟元もすっきりしているので、食事の邪魔にはならないはず。

 うつむき顔が見られないようにしたからか、メイドは特に不思議がることなく「確かに、今日は秋にしてはちょっと温かいですね」と納得してくれた様子で、カミラが渡したガウンを受け取ってくれた。

 彼女は「手入れをしておきますね」と笑顔で言ったが、残念ながらあのガウンに袖を通すことはもう二度とないだろう。

 食堂に降りると、もうそこにルークがいた。彼はカミラが入ってくると、椅子の音を立てて立ち上がった。

「カミラ様、どちらにいらっしゃったのですか? その、服は?」
「待たせてごめんなさい。少し暑いから、上だけ脱いできたの」

 カミラが笑顔を努めて言うと、少しそわそわしていたらしいルークは「そうでしたか」とうなずき、カミラを席に案内した。彼がカミラのことを不審に思っている様子は、特には見られない。

 夫と向かい合って座り、給仕が運んできた料理に手を伸ばす。だが二人の間に会話らしい会話はなく、たまに顔を上げて視線がぶつかってもついカミラの方から逸らしてしまった。

 話したいと思った。
 年上なのだからカミラの方から歩み寄らねばと思った。

 でも。

『もっとよく考えてほしい』

 呆れたような、怒ったようなルークの声が耳の奥に蘇ると指先が震え、それを悟られるまいとカミラは機械的にナイフとフォークを動かすしかなかった。
< 13 / 37 >

この作品をシェア

pagetop