十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
(ルクレツィオ様……)

 そっと横目で見ると、カミラの隣に黒灰色の髪の少年が並んだ。四ヶ月前に会ったときとは別の意匠の騎士団服姿の彼はこちらを見ることなく、ジェラルドに向かってきれいなお辞儀をした。

「騎士ルクレツィオ、参りました」
「話は聞いているな。ラプラディア王国国王の名において、おまえたちの結婚を命ずる。騎士ルクレツィオにはベレスフォード男爵位を与え、王女を妻とすることを条件にその剣と誠の心をラプラディア王国に捧げよ」

(ベレスフォード男爵位……ですって!?)

 兄の言葉に、カミラは何度目かわからないショックを受ける。

 現在のルクレツィオは家名を持たないので、結婚するにあたりベレスフォードの姓と爵位をもらうということはパメラから聞いていた。王女の嫁ぎ先としては、妥当だと言えよう。

 だがそのときに聞いていたのは、『ベレスフォード伯爵位』だ。パメラに甘い先代国王は、娘が不自由しないために若い騎士にぽんっと伯爵位を与えると宣言したのだ。
 もはや気前がいいのか無謀なのかわからないが、少なくとも伯爵夫人ならパメラも十分ゆとりのある暮らしができるだろうと思っていたのに。

(ルクレツィオ様のことを、軽んじている……!)

 めらっと胸で怒りが燃えるが、それは隣のルクレツィオもだったようだ。
 彼の表情が崩れたことから、伯爵位だった予定が男爵位に格下げになったことを彼も今初めて聞かされたのだろうと想像できる。

 ラプラディア王国では、領地を持てるのは子爵以上だ。男爵位はその気になれば平民が金を積んでも手に入るくらいで、戦争の立て役者だというルクレツィオへの結婚祝いとしては安すぎる。

 だがルクレツィオはすぐに表情を戻し、深く頭を下げた。

「感謝いたします。この剣と誠心を国に捧げ、カミラ様を妻として大切にすることを誓います」

 ジェラルドとしては後半はどうでもいいのだろうが、彼は「頼んだぞ」と言い、書状にサインにするよう言った。

 勅命による結婚の旨が書かれた書状の最後に、ルクレツィオが迷いない手つきでサインする。
 次に書状を差し出されたカミラは、震える手でペンを受け取り……少し歪なルクレツィオの名前の隣に、結婚後の名前である『カミラ・ベレスフォード』とサインした。
 こうして、カミラは否の声を上げることもできず、妹の婚約者だった男と結婚することになったのだった。
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