十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
 兄の前を辞して休憩のためということで別室に通されるなり、カミラはさっとルクレツィオの方を見た。

「ルクレツィオ様。私、何がなんだか一体……」
「私のことはどうか、ルークとお呼びください」

 開口一番そう言ってから、ルークはソファに腰を下ろして前髪を掻き上げた。

「……私も、状況についていくので精一杯です。婚約解消の話を聞かされてから、パメラ様に会うこともできず……」
「そう、パメラ! あの子は今、どうしているの? アッシャール帝国に嫁ぐなんて……」

 途端に妹のことが心配になり、カミラはおろおろと部屋の中を歩き回る。

 アッシャール帝国は、ラプラディアより南にある大国だ。アッシャール帝国は男子皇族が複数人の妻を持つのが当たり前らしく、王太子は確か十八かそこらだったと思うが既に正妃も側室もいるはずだ。

(うんと年上じゃなかっただけよかったけれど、帝国の皇子との結婚なんて可能性もなかったはず。パメラは、どう思っているのかしら……)

 ルークは意味もなく部屋の中を歩き回るカミラをしばらく見ていたが、やがて小さく息を吐き出した。

「……申し訳ございません。私も、国王陛下の命令には逆らえず」
「えっ、いえ、そんな、むしろ謝るべきなのは私の方ですよ」

 そう言ってから、カミラは八つも年下のルークの方がずっと落ち着いていることに気づいて恥ずかしくなり、しおしおとソファに座った。

「……申し訳ございません。パメラのようなかわいい子じゃなくて、私のような売れ残りと結婚なんて……」
「売れ残りなんて――」
「それに、妹と結婚するなら伯爵になれる予定だったでしょう? それなのに男爵位まで落ちたのは、私が国王陛下から嫌われているからなのです」

 ジェラルドや先の王妃である太后はカミラのことを嫌っていたが、むしろそれが正しい反応でパメラの方が変わっていたのだ。
 ジェラルドがルークを妹の夫にしようと考えているのは彼に価値があるからで、先ほど宣誓させたようにルークが王国に忠誠を誓うのなら他はどうでもいいのだ。

 カミラが言うと、ルークは鼻に皺を寄せた。

「……爵位なんて、別にいりません。自分の力でどうにでもなります」
「ルクレ……ルーク様」
「様もいりません。……せめてあなたに不自由がないようにだけはしますので、ご安心ください」

 そう言うルークの目に、光はない。四ヶ月前、夏のガゼボでパメラと話していたときにはあんなに元気そうだったのに。

(私は腐っても王族だから、忠誠を誓うしかないのよね)

 先代国王の死さえなければ、年齢も近くて気の合う美しい王女と結婚できるはずだったのに、握らされたのはとんでもないはずれくじの行き遅れ姉王女だった。
 それでも彼は騎士として、誠意を尽くそうとしてくれるのだろう。

(……ルークにもパメラにも、申し訳ないわ)

 飴色のテーブルに視線を落とし、カミラはこっそりとため息を吐き出した。
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