2度目の初恋はセレナーデのように

6話 不協和音のマーチ



 〇演奏会の舞台の裏側(奏者(そうしゃ)たちの控室(ひかえしつ)の近く)
 演奏会が終わり、観客たちが皆満足そうに返っていく中、歌音(かのん)は居ても立っても居られずに裏手に回る。

 控室の近くで陽暁(はるあき)を見かけると声をかけた。


 歌音「陽くん!」


 歌音の声に気が付いた陽暁は、輝かしい笑みで振り返った。


 陽暁「ノンちゃん。どうだった? 演奏会は」
 歌音「とっっってもすごかった!! 格好良かった! やっぱり陽くんの演奏大好き!!」


 歌音は興奮(こうふん)で目がキラキラしている。


 歌音「まるでイタリア旅行をしてきたみたい!」
 陽暁「あはは。そう言ってもらえると嬉しいなぁ」


 二人で話していると周りにいた生徒たちが群がってきた。


 ピアノ奏者の男子学生「なんだなんだ。久遠(くおん)が女子といるなんて珍しいな」

 ヴァイオリン奏者の女学生「この子がさっき言っていた子?」

 チェロ奏者の小柄女学生「わー!」


 あっという間に周りを囲まれる歌音だったが、興奮しきっていて物怖じしない状態だった。


 歌音「皆さん、素晴らしい演奏でした……! もう鳥肌立ちっぱなしで! いい笑顔で演奏しているのが見えて、音楽を愛しているんだなってこっちまで嬉しくなるような演奏ばかりでした! それに皆さん立ち居振る舞いも美しくて、衣装も素敵です!」


 その後も熱い感想を言う歌音に、テレテレとなる学生たち。


 ヴァイオリン奏者の女学生「え、なにこの子。可愛すぎるんですけど。お持ち帰りしていい?」


 真顔で尋ねる女生徒に、陽暁は歌音の肩を抱き寄せる。


 陽暁「ダメです。この子は僕のだからね」
 歌音「!」


 ふいに近づいた顔に赤くなる歌音。
 真っ赤な顔になっても肩が離されることはなく、それどころか隠すように前に立たれる。


 ヴァイオリン奏者の女学生「なに? 嫉妬(しっと)してるの? 陽暁君が? なんで?」
 陽暁「だって君、どっちでも行ける人でしょ? だから危ないかなって思って」

 ヴァイオリン奏者の女学生「ひどいわね。さすがにこんなすぐ(おそ)ったりしないわよ」
 陽暁「ダメ。信じられない」


 ピシャリと言い放つ陽暁に笑いが起こる。


 ピアノ奏者の男子学生「なんだ久遠。お前、ちゃんとそう言うことに興味あったんだな!」

 チェロ奏者の女学生「本当に~。健全な男子で逆に安心したよ~」

 ヴァイオリン奏者の女学生「思ったよりも独占欲(どくせんよく)強そうじゃない」


 陽暁「あーもう。うるさいなぁ」


 少しふてくされたような陽暁。

 いつものお兄さんのような優し気な感じとは違い、末っ子のような扱われ方だ。
 新鮮な雰囲気(ふんいき)に驚く。


 陽暁「ごめんノンちゃん。こいつらうるさくて」

 学生たち「「うるさいとはなんだ/なによ!」」

 陽暁「そう言うところだよ! ほら散った散った!」


 しっしと手を振る陽暁。学生たちは奥の控室にしぶしぶながら消えていった。

 そのやり取りがあまりに息があっていて、面白い漫才(まんざい)を見ているような気分になり思わず笑ってしまう。


 歌音「あはは! 仲がいいんだね」

 陽暁「やめてよ。いつもやかましくて大変なんだ」
 歌音「あはははは!」


 ひとしきり笑った歌音に、陽暁は優しい顔を向けた。


 陽暁「……よかった。迷いは晴れたみたいだね」


 頷く歌音。


 歌音「ねえ陽くん。私ね、陽くんの演奏を聴いていたら音があふれ出してきたから、陽くんや周りの人達の曲を作りたいって思ったの。いつの間にか忘れていたけれど、今日陽くんの演奏を聞いて思いだせたよ」

 歌音「……作曲を始めた頃、自分の好きな気持ちを笑われたことがあった。それで好きを外に出すのが怖くなっちゃっていたんだと思う。でも『大切な人を表現したい』。その気持ちは今もずっと残ってる。誰に何を言われても、ずっと残ってたんだ」


 胸に手を当て、ふにゃりと笑う歌音。


 少しすると決意した表情になり、明るく笑う。


 歌音「だからね、私、もう隠すのはやめにする。思うがままに、好きな気持ちを曲にしたいの!」
 陽暁「そっか。応援するよ」


 陽暁も優しい笑顔で答える。


 歌音「……それでね、あの」

 陽暁「?」
 歌音「今はまだ陽くんが弾きたくなるような曲はできないけど、もしも納得のいく曲ができたら……弾いてくれる?」


 少し潤んだ目で返事を待つ歌音を、陽暁はまぶしそうに見つめた。


 陽暁「……うん。楽しみに待っているよ」


 期待していた答えが帰ってきて満面の笑みになる歌音。
 ようやく進路への迷いが晴れた顔だった。


 二人で笑い合っていると、「早く着替えろー」と陽暁を呼ぶ声が聞こえた。


 陽暁「……さて。僕は着替えとか片づけが残っているからやってくるね。帰りは送るからもうちょっと待っていて」
 歌音「分かった。……あ、じゃあ図書館にいっているね! たくさんの楽譜(がくふ)があるって聞いて気になっていたんだ」

 陽暁「ああ、作曲家コースの卒業生とかの楽譜も残っていると思うよ。じゃあ終わったら連絡するね」
 歌音「うん!」



 【別れる二人を陰から見ている足をカットイン】

 【その足は図書館に向かう歌音の方へと進んでいく】

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