アステル! ~星成士たちとキラメキの祝祭~
6 金色の雨
自分のクラスに戻ると、柚希のかわりに燐くんが座っていた。
「あれ、柚希は?」
「退屈そうにしてたから、変わった。お客さんも、まったく来ないみたいだし」
「そうなんだ。申し訳ないことしちゃったな」
「陽菜は、どこに行ってたの」
燐くんが、探るような目でわたしを見つめてくる。
別に隠すことじゃないとは思うんだけど。
竜胆先輩がいっしょに回ってきたなんていったら、祝祭に巻きこまれてる燐くんは、いやな気持ちになるよね。
「……えーと」
「ごまかさなくていいよ。夏野に聞いたから」
「えっ」
「竜胆って人と、出し物回ってきたんでしょ」
「う、うん……」
「竜胆ってさ、あの人でしょ? ぼくの意識を奪った、星成士」
機嫌がわるそうに、燐くんは頬杖をついた。
わたしはあわてて、早口になりながら、いいわけしだしてしまう。
「ご、ごめん! でも、いまはそんなにわるい人でもなくなってたから、つい!」
「……はあ。わかってるよ。べつに、責めてるわけじゃない」
燐くんは、静かにため息をついて、複雑そうにまつ毛を伏せた。
「でもさ、ぼくを襲った人といっしょにまわって……きみは楽しいって思ったってことだよね?」
「え?」
燐くんがイスから立ちあがり、こっちに手を伸ばしてくる。
悲しそうに表情を曇らせながら、燐くんの手が、わたしのリボンタイに触れた。
「……きみに、ぼくだけを見ていてほしい。どうすれば、そんなことができるんだろう」
戦いでボロボロになっている、わたしのリボンタイを愛おしそうに、そっと撫でてくれる。
そのまま、わたしの頬に触れようと伸びてきた手は、すぐに離れていってしまった。
「ごめん。そんな、困ったような顔、しないでよ」
「だって、燐くん。泣きそうな顔してる」
「そっか。……これ以上、陽菜に迷惑かけたくない。ちょっと頭、冷やしてくる」
それだけいうと、燐くんはふらりと、どこかへ行こうと歩き出してしまう。
わたしは慌てて、燐くんの手を掴んだ。
「い、行かないで」
「……どうして?」
「あ、あぶないよ」
「……ぼくは、陽菜に守られるのが、辛いんだ」
「え……」
ズキン、と胸が痛んだ。
わたしは燐くんのことを守りたいと思ってるのに、燐くんはそれが迷惑なんだ。
やっぱりわたし、ひとりで突っ走ってたのかな……。
じわっと、視界がゆがむ。
燐くんが苦しそうに、わたしの顔をのぞきこんできた。
「陽菜。何か、勘違いしてない? ぼくは……ぼくのせいで、陽菜がケガをするのが――」
「スーパーボールすくいは、ここか?」
あたりに、赤い霧が立ちこめはじめる。
時任先輩の、魔霧だ。
アステル百年祝祭は、この星見祭でも行われるらしい。
クラスの男子たちも、周りにいたお客さんも、次々と眠りにつきはじめた。
あの気配を感じて、振り返ると、時任先輩がわたしと燐くんを、優雅に見下ろしていた。
時任先輩がわたしの目元を見て、スッと目を細めた。
「――泣いていたのか?」
燐くんがわたしをかばうように、自分の後ろに追いやり、時任先輩を睨みつけた。
「あんた、スーパーボールをすくいに来たの」
「いや? オレが取りに来たのは、ただの丸い玉じゃないな」
時任先輩の長い指先が、燐くんの首に伸びる。
ブツッ、という音がした。
燐くんのネックレスが切れ、床に落ちる。
「……なっ」
燐くんの顔が青ざめる。
時任先輩が、長い腕でネックレスを拾う。
大きな手のなかで、青い石がキラリと光る。
「これがなくなれば、歌仙陽菜の加護は、おまえからなくなるんだろう?」
わたしは、素早くポケットに手を突っこみ、星成石を握る。
もどかしい――早く動け、わたしのからだ!
しかし、わたしが星成石に導力を注ぐ前に、時任先輩の指先に力がこもる。
――パキン、と石の割れる音がした。
わたしが燐くんに贈った星成石が、こなごなに砕け散っていくのが、スローモーションのように流れていく。
燐くんの琥珀色の瞳が、もの悲しげにふっと、わたしへと向けられた。
「陽菜……」
「り、燐くんッ! 逃げて――!」
とたん、燐くんのからだが、ちからなく倒れていく。
時任先輩が、燐くんのからだを受け止め、不敵に笑んだ。
星成石を壊され、わたしの結界がなくなったことで、時任先輩にかんぜんに意識を奪われてしまったんだ。
させない、とわたしは、星成石を取り出し、結界を張りなおそうとした。
けれど、それは誰かの手によって止められてしまう。
苛立たし気に振り返ると、そこには可児先生がいた。
抵抗しても、先生の腕は、まるで固定されているかのように、ビクともしない。
可児先生は何もいわずに、ただ時任先輩の行動を見守っているようだった。
「手こずったが、ようやくこの時が来た」
時任先輩の大きな手が、燐くんの胸元に添えられる。
そして、おごそかに呪文を唱えはじめた。
「星よ、星よ、星よ――我が赤き導力の手に堕ちよ。尊きアステルの導きを此処に、燦然たる輝きを見せよ――」
オペラ歌手のように唱えられる呪文とともに、燐くんのすがたが光に包まれる。
ぷかぷかと浮かぶ『黄金の光そのもの』が、そこに生まれていた。
そして、燐くんのすがたは、どこにもなくなってしまった。
セルヴァン会長が、力なくつぶやく。
「アステルが呼び出された……今回の祝祭は、ここまでか……」
「燐くん――! セルヴァン会長、燐くんが……」
「『星の器』としての使命は果たされてしまった――ようですね」
セルヴァン会長が、手で額を抑えている。
心臓が、バクバクと鳴りやまない。
「そんな……燐くん、燐くんが……わたし、燐くんを守れなかった……」
アステルが、小さな太陽のように、きらきらとあたりを照らす。
可児先生が、うっとりと息を漏らした。
「あれが、アステル――! ついに、出た! やっと、お目にかかれた!」
時任先輩が、アステルを取ろうと、手を伸ばした。
とたん一瞬にして、黄金に輝くアステルは、あとかたもなく消えてなくなってしまった。
わたしも、時任先輩も、驚いて目を白黒させる。
「なっ……? 何が起こった」
低くうなる時任先輩に、わたしはハッとして後ろを振り返った。
そこには、小さなガラスのケースを手に、うっとりとそれを眺めている可児先生がいた。
ガラスケースのなかには、黄金色のアステルが、窮屈そうにしまわれている。
時任先輩が、叫んだ。
「可児……? 裏切るのか」
時任先輩の言葉に、可児先生は顔を真っ赤にして、鬼のような表情になる。
「わたしは――あなたたちが気づく前から、アステルはこの宝井中学校から生まれることに気づいていた。だから、この学校に潜入し、ずっとアステルのことを調べてきた! すべては、わたしがアステルを手に入れ、全知全能の星成士になり、わたしを否定した親を見返すため!」
「フッ……こいつも、オレと同じ野望に飲まれた人間だったことを忘れていた」
時任先輩は、あざ笑うように鼻を鳴らした。
「理由はけっこうだ。オレと同じ舞台に立つにふさわしい、みにくい動機だ。だが、そのアステルはオレのものだ。さっさと返せ」
「渡さない。これはもう、わたしのもの! わたしが、アステルをもらう! そうすれば、お父さんもお母さんもきっと――!」
可児先生の周りに、黄金の光とともに、強い風が吹きはじめる。
アステルが、ガラスケースのなかでブルブル震えている。
可児先生は、必死でそれを抑えつけた。
「な、なんなの? このケースには、導力をおさえつける強い結界をほどこしてあるのに」
「――ふつうの星成士が作った結界なんかで、アステルを封じこめておけるわけがないでしょう」
セルヴァン会長が、やれやれと両手をあげた。
すると、可児先生は片方の手で、きれいなロングヘアをぐしゃぐしゃにした。
「ふ、ふつうっていうなッ……。わたしは、誰よりも努力して、財団に入った! なのに、お父さんもお母さんも、褒めてくれなかった。こんなに、がんばったのに」
「他人のためにがんばっているのなら、おまえの努力は今後も長続きしないな」
時任先輩が、赤い斧を生成した。
そして、目にも止まらぬ速さで可児先生へと距離を詰め、持っていたガラスケースを赤い斧で弾く。
ガラスケースは、廊下に落ち、ガシャンと割れる。
アステルが、黄金色の光をきらきらと散らしながら、廊下を滑っていく。
そして、時任先輩と、わたしのちょうど真ん中で、アステルは止まった。
わたしと、先輩のあいだに、重い緊張が走った。
「――歌仙陽菜」
「……な、なに?」
急に話しかけられ、わたしはうろたえた。
「なぜ、『星の器』は人間が選ばれるのだと思う?」
「……し、知らない」
「答えないのか? なら、オレが代わりに答えよう。人の心こそ、この世でいちばん強い、星成石となるからだ」
とたん、赤い光が、あたりを照らし出す。
そして、時任先輩の赤い光が、可児先生を包みこむ。
「あなた――わたしを『星屑』にするつもり?」
可児先生が、力なく笑う。
「オレは、おまえの心をもらうだけだ。オレの野望を果たすために」
可児先生のすがたが、薄桜色の星成石となる。
それを手に取った時任先輩は、自分の赤い導力を薄桜色の星成石に流しこんだ。
とたん、星成石は赤と、薄桜色が入り混じり、石のなかで渦を描く。
赤と薄桜色の複雑な光を放ち、石はそのかたちを変えはじめた。
「ほう、杖か。星成士としては、ぴったりの武器だな」
薄桜色の杖を手に、満足そうに微笑んだ。
「可児先生が、星成石に……!」
セルヴァン会長が、緊張気味に説明してくれる。
「あれは、遠い昔に作られた古代星成術です。星成士の心を導力の結晶とし、強力な武器とする、昔の戦い方です」
「か、可児先生はどうなるの?」
「シュテルンを覚えていますか? 召喚され、彼の代わりに戦うものとなる、あれと同じ契約がなされます。戦いに負けたとしても、星成士の導力で、また召喚されます」
「じゃあ、あのときのシュテルンも、消えちゃったわけじゃないんだ」
「ええ」
さっきの、星成石のなかにできた渦、わたしが前に竜胆先輩と戦ったときにできた、星成石の現象と似てる。
あのときたしかに、とても強い導力を感じたんだよね。
わたしの青い導力と、黄金色の導力が混じっていた。
――あのときの黄金色の導力って、いったいどこから……。
「時任出流」
セルヴァン会長の重苦しい声に、時任先輩が顔をあげた。
「時任家は、もうおわりですよ。可児先生――いいえ、可児由紀が長年、時任家に財団の情報を横流ししていた証拠はすでに掴んでいます。昨日時点で、アステル星成士財団からは追放されました。追って、時任家にも知らせがいくでしょう。『二度と、財団の敷居をまたぐな』という通達がね」
「ならば、セルヴァン=ズヴィズダー。おまえにも聞くが……」
時任先輩は、少しもうろたえていない。
むしろ、不敵にくちびるを吊り上げ、笑ってみせた。
「おまえが歌仙陽菜を星成士になるための手助けをし、財団のために利用しようとしてたことは、問題じゃないというのか?」
「……財団の意思は、『星』の意思です。いち星成士が、意見できるようなことではありません」
「フン。財団も堕ちたものだ」
セルヴァン会長が、時任先輩を冷たい目で射抜いた。
「だったら、オレはおまえを倒し、財団を乗っ取ろう」
「あなたは……自分が何をいっているのか、わかっているのですか?」
「『星』には今よりももっと、アステルを作ってもらわなくてはならない」
「そんなことをしたら、この星の自然エネルギーのバランスが崩れてしまいます」
「オレの知ったことじゃない」
時任先輩が、杖を横に振ると、薄桜色の衝撃波が、廊下に吹き荒れた。
わたしはあわてて、セルヴァン会長の腕を引きこみ、結界を張る。
でも、そこからどうすればいいのか、考えられない。
燐くんが消えてしまってから、わたしの頭のなかは、真っ白だ。
青い結界のなかで、セルヴァン会長が静かにいった。
「勝つ方法はひとつしか、ありません。歌仙くん、あなたも気づいているんでしょう」
「せ、セルヴァン会長……」
セルヴァン会長は、意思のかたまった瞳で、わたしを見つめた。
会長は、自分を星成石の武器にして、戦えっていってるんだ。
「あなたも、やりかたは知っているでしょう。竜胆くんとの戦いで、一度使っているはずです」
「でも……あのときは、なぜか黄金色の導力が流れてきて、たまたまあの渦ができただけで」
「あれは、『アステル』の導力ですよ」
「――え?」
「つまり、佐々波くんの導力です」
あのとき、意識を乗っ取られていた燐くん。
それなのに――わたしを助けようとしてくれたってこと……?
砕けたガラスケースの上で、アステルが、黄金色の光を放ち続けている。
「燐くん……」
いまだに、拾いあげにいくチャンスをつかめない。
時任先輩のスキを突く機会が、おとずれない――!
風がごうごうと吹き荒れ、わたしは体力的にも限界を迎えていた。
それを振り払うように、わたしは結界を出て、叫んだ。
「――わたしは、燐くんを助ける! どんな方法を使ってでも!」
わたしは、燐くん――アステルへと手を伸ばす。
とたん、時任先輩の杖の先が、まばゆい輝きを放つ。
「歌仙陽菜。オレの野望のために、おまえを倒す――!」
杖は、強烈な風の渦を作り出し、学校を大きく揺らした。
わたしは、あまりの衝撃に、廊下に倒れこんだ。
時任先輩の強烈な風に、学校の窓が次々に割れ、教室の机やイスが吹っ飛んでいく。
学校が、どんどんめちゃくちゃになっていく。
そのとき、時任先輩が放った風の渦が、わたしに向かって飛んでくる。
アステルを拾うことに必死になっていたわたしは、判断が遅れてしまった。
やばいっ――!
セルヴァン会長が飛び出してきて、小さな結界を張り、攻撃を防いでくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい。燐くん……アステルも無事、回収できました!」
手のなかの、黄金色の光をセルヴァン会長に見せる。
じんわりと伝わってくる光の温度に、燐くんの体温を思い出し、胸の奥が苦しくなる。
「歌仙くん。このまま防御を続けているだけじゃ、だめです。あなたの導力が尽きてしまう。そうなったら……」
「寿命を使いますよ」
わたしは当然のようにいった。
「あれ、柚希は?」
「退屈そうにしてたから、変わった。お客さんも、まったく来ないみたいだし」
「そうなんだ。申し訳ないことしちゃったな」
「陽菜は、どこに行ってたの」
燐くんが、探るような目でわたしを見つめてくる。
別に隠すことじゃないとは思うんだけど。
竜胆先輩がいっしょに回ってきたなんていったら、祝祭に巻きこまれてる燐くんは、いやな気持ちになるよね。
「……えーと」
「ごまかさなくていいよ。夏野に聞いたから」
「えっ」
「竜胆って人と、出し物回ってきたんでしょ」
「う、うん……」
「竜胆ってさ、あの人でしょ? ぼくの意識を奪った、星成士」
機嫌がわるそうに、燐くんは頬杖をついた。
わたしはあわてて、早口になりながら、いいわけしだしてしまう。
「ご、ごめん! でも、いまはそんなにわるい人でもなくなってたから、つい!」
「……はあ。わかってるよ。べつに、責めてるわけじゃない」
燐くんは、静かにため息をついて、複雑そうにまつ毛を伏せた。
「でもさ、ぼくを襲った人といっしょにまわって……きみは楽しいって思ったってことだよね?」
「え?」
燐くんがイスから立ちあがり、こっちに手を伸ばしてくる。
悲しそうに表情を曇らせながら、燐くんの手が、わたしのリボンタイに触れた。
「……きみに、ぼくだけを見ていてほしい。どうすれば、そんなことができるんだろう」
戦いでボロボロになっている、わたしのリボンタイを愛おしそうに、そっと撫でてくれる。
そのまま、わたしの頬に触れようと伸びてきた手は、すぐに離れていってしまった。
「ごめん。そんな、困ったような顔、しないでよ」
「だって、燐くん。泣きそうな顔してる」
「そっか。……これ以上、陽菜に迷惑かけたくない。ちょっと頭、冷やしてくる」
それだけいうと、燐くんはふらりと、どこかへ行こうと歩き出してしまう。
わたしは慌てて、燐くんの手を掴んだ。
「い、行かないで」
「……どうして?」
「あ、あぶないよ」
「……ぼくは、陽菜に守られるのが、辛いんだ」
「え……」
ズキン、と胸が痛んだ。
わたしは燐くんのことを守りたいと思ってるのに、燐くんはそれが迷惑なんだ。
やっぱりわたし、ひとりで突っ走ってたのかな……。
じわっと、視界がゆがむ。
燐くんが苦しそうに、わたしの顔をのぞきこんできた。
「陽菜。何か、勘違いしてない? ぼくは……ぼくのせいで、陽菜がケガをするのが――」
「スーパーボールすくいは、ここか?」
あたりに、赤い霧が立ちこめはじめる。
時任先輩の、魔霧だ。
アステル百年祝祭は、この星見祭でも行われるらしい。
クラスの男子たちも、周りにいたお客さんも、次々と眠りにつきはじめた。
あの気配を感じて、振り返ると、時任先輩がわたしと燐くんを、優雅に見下ろしていた。
時任先輩がわたしの目元を見て、スッと目を細めた。
「――泣いていたのか?」
燐くんがわたしをかばうように、自分の後ろに追いやり、時任先輩を睨みつけた。
「あんた、スーパーボールをすくいに来たの」
「いや? オレが取りに来たのは、ただの丸い玉じゃないな」
時任先輩の長い指先が、燐くんの首に伸びる。
ブツッ、という音がした。
燐くんのネックレスが切れ、床に落ちる。
「……なっ」
燐くんの顔が青ざめる。
時任先輩が、長い腕でネックレスを拾う。
大きな手のなかで、青い石がキラリと光る。
「これがなくなれば、歌仙陽菜の加護は、おまえからなくなるんだろう?」
わたしは、素早くポケットに手を突っこみ、星成石を握る。
もどかしい――早く動け、わたしのからだ!
しかし、わたしが星成石に導力を注ぐ前に、時任先輩の指先に力がこもる。
――パキン、と石の割れる音がした。
わたしが燐くんに贈った星成石が、こなごなに砕け散っていくのが、スローモーションのように流れていく。
燐くんの琥珀色の瞳が、もの悲しげにふっと、わたしへと向けられた。
「陽菜……」
「り、燐くんッ! 逃げて――!」
とたん、燐くんのからだが、ちからなく倒れていく。
時任先輩が、燐くんのからだを受け止め、不敵に笑んだ。
星成石を壊され、わたしの結界がなくなったことで、時任先輩にかんぜんに意識を奪われてしまったんだ。
させない、とわたしは、星成石を取り出し、結界を張りなおそうとした。
けれど、それは誰かの手によって止められてしまう。
苛立たし気に振り返ると、そこには可児先生がいた。
抵抗しても、先生の腕は、まるで固定されているかのように、ビクともしない。
可児先生は何もいわずに、ただ時任先輩の行動を見守っているようだった。
「手こずったが、ようやくこの時が来た」
時任先輩の大きな手が、燐くんの胸元に添えられる。
そして、おごそかに呪文を唱えはじめた。
「星よ、星よ、星よ――我が赤き導力の手に堕ちよ。尊きアステルの導きを此処に、燦然たる輝きを見せよ――」
オペラ歌手のように唱えられる呪文とともに、燐くんのすがたが光に包まれる。
ぷかぷかと浮かぶ『黄金の光そのもの』が、そこに生まれていた。
そして、燐くんのすがたは、どこにもなくなってしまった。
セルヴァン会長が、力なくつぶやく。
「アステルが呼び出された……今回の祝祭は、ここまでか……」
「燐くん――! セルヴァン会長、燐くんが……」
「『星の器』としての使命は果たされてしまった――ようですね」
セルヴァン会長が、手で額を抑えている。
心臓が、バクバクと鳴りやまない。
「そんな……燐くん、燐くんが……わたし、燐くんを守れなかった……」
アステルが、小さな太陽のように、きらきらとあたりを照らす。
可児先生が、うっとりと息を漏らした。
「あれが、アステル――! ついに、出た! やっと、お目にかかれた!」
時任先輩が、アステルを取ろうと、手を伸ばした。
とたん一瞬にして、黄金に輝くアステルは、あとかたもなく消えてなくなってしまった。
わたしも、時任先輩も、驚いて目を白黒させる。
「なっ……? 何が起こった」
低くうなる時任先輩に、わたしはハッとして後ろを振り返った。
そこには、小さなガラスのケースを手に、うっとりとそれを眺めている可児先生がいた。
ガラスケースのなかには、黄金色のアステルが、窮屈そうにしまわれている。
時任先輩が、叫んだ。
「可児……? 裏切るのか」
時任先輩の言葉に、可児先生は顔を真っ赤にして、鬼のような表情になる。
「わたしは――あなたたちが気づく前から、アステルはこの宝井中学校から生まれることに気づいていた。だから、この学校に潜入し、ずっとアステルのことを調べてきた! すべては、わたしがアステルを手に入れ、全知全能の星成士になり、わたしを否定した親を見返すため!」
「フッ……こいつも、オレと同じ野望に飲まれた人間だったことを忘れていた」
時任先輩は、あざ笑うように鼻を鳴らした。
「理由はけっこうだ。オレと同じ舞台に立つにふさわしい、みにくい動機だ。だが、そのアステルはオレのものだ。さっさと返せ」
「渡さない。これはもう、わたしのもの! わたしが、アステルをもらう! そうすれば、お父さんもお母さんもきっと――!」
可児先生の周りに、黄金の光とともに、強い風が吹きはじめる。
アステルが、ガラスケースのなかでブルブル震えている。
可児先生は、必死でそれを抑えつけた。
「な、なんなの? このケースには、導力をおさえつける強い結界をほどこしてあるのに」
「――ふつうの星成士が作った結界なんかで、アステルを封じこめておけるわけがないでしょう」
セルヴァン会長が、やれやれと両手をあげた。
すると、可児先生は片方の手で、きれいなロングヘアをぐしゃぐしゃにした。
「ふ、ふつうっていうなッ……。わたしは、誰よりも努力して、財団に入った! なのに、お父さんもお母さんも、褒めてくれなかった。こんなに、がんばったのに」
「他人のためにがんばっているのなら、おまえの努力は今後も長続きしないな」
時任先輩が、赤い斧を生成した。
そして、目にも止まらぬ速さで可児先生へと距離を詰め、持っていたガラスケースを赤い斧で弾く。
ガラスケースは、廊下に落ち、ガシャンと割れる。
アステルが、黄金色の光をきらきらと散らしながら、廊下を滑っていく。
そして、時任先輩と、わたしのちょうど真ん中で、アステルは止まった。
わたしと、先輩のあいだに、重い緊張が走った。
「――歌仙陽菜」
「……な、なに?」
急に話しかけられ、わたしはうろたえた。
「なぜ、『星の器』は人間が選ばれるのだと思う?」
「……し、知らない」
「答えないのか? なら、オレが代わりに答えよう。人の心こそ、この世でいちばん強い、星成石となるからだ」
とたん、赤い光が、あたりを照らし出す。
そして、時任先輩の赤い光が、可児先生を包みこむ。
「あなた――わたしを『星屑』にするつもり?」
可児先生が、力なく笑う。
「オレは、おまえの心をもらうだけだ。オレの野望を果たすために」
可児先生のすがたが、薄桜色の星成石となる。
それを手に取った時任先輩は、自分の赤い導力を薄桜色の星成石に流しこんだ。
とたん、星成石は赤と、薄桜色が入り混じり、石のなかで渦を描く。
赤と薄桜色の複雑な光を放ち、石はそのかたちを変えはじめた。
「ほう、杖か。星成士としては、ぴったりの武器だな」
薄桜色の杖を手に、満足そうに微笑んだ。
「可児先生が、星成石に……!」
セルヴァン会長が、緊張気味に説明してくれる。
「あれは、遠い昔に作られた古代星成術です。星成士の心を導力の結晶とし、強力な武器とする、昔の戦い方です」
「か、可児先生はどうなるの?」
「シュテルンを覚えていますか? 召喚され、彼の代わりに戦うものとなる、あれと同じ契約がなされます。戦いに負けたとしても、星成士の導力で、また召喚されます」
「じゃあ、あのときのシュテルンも、消えちゃったわけじゃないんだ」
「ええ」
さっきの、星成石のなかにできた渦、わたしが前に竜胆先輩と戦ったときにできた、星成石の現象と似てる。
あのときたしかに、とても強い導力を感じたんだよね。
わたしの青い導力と、黄金色の導力が混じっていた。
――あのときの黄金色の導力って、いったいどこから……。
「時任出流」
セルヴァン会長の重苦しい声に、時任先輩が顔をあげた。
「時任家は、もうおわりですよ。可児先生――いいえ、可児由紀が長年、時任家に財団の情報を横流ししていた証拠はすでに掴んでいます。昨日時点で、アステル星成士財団からは追放されました。追って、時任家にも知らせがいくでしょう。『二度と、財団の敷居をまたぐな』という通達がね」
「ならば、セルヴァン=ズヴィズダー。おまえにも聞くが……」
時任先輩は、少しもうろたえていない。
むしろ、不敵にくちびるを吊り上げ、笑ってみせた。
「おまえが歌仙陽菜を星成士になるための手助けをし、財団のために利用しようとしてたことは、問題じゃないというのか?」
「……財団の意思は、『星』の意思です。いち星成士が、意見できるようなことではありません」
「フン。財団も堕ちたものだ」
セルヴァン会長が、時任先輩を冷たい目で射抜いた。
「だったら、オレはおまえを倒し、財団を乗っ取ろう」
「あなたは……自分が何をいっているのか、わかっているのですか?」
「『星』には今よりももっと、アステルを作ってもらわなくてはならない」
「そんなことをしたら、この星の自然エネルギーのバランスが崩れてしまいます」
「オレの知ったことじゃない」
時任先輩が、杖を横に振ると、薄桜色の衝撃波が、廊下に吹き荒れた。
わたしはあわてて、セルヴァン会長の腕を引きこみ、結界を張る。
でも、そこからどうすればいいのか、考えられない。
燐くんが消えてしまってから、わたしの頭のなかは、真っ白だ。
青い結界のなかで、セルヴァン会長が静かにいった。
「勝つ方法はひとつしか、ありません。歌仙くん、あなたも気づいているんでしょう」
「せ、セルヴァン会長……」
セルヴァン会長は、意思のかたまった瞳で、わたしを見つめた。
会長は、自分を星成石の武器にして、戦えっていってるんだ。
「あなたも、やりかたは知っているでしょう。竜胆くんとの戦いで、一度使っているはずです」
「でも……あのときは、なぜか黄金色の導力が流れてきて、たまたまあの渦ができただけで」
「あれは、『アステル』の導力ですよ」
「――え?」
「つまり、佐々波くんの導力です」
あのとき、意識を乗っ取られていた燐くん。
それなのに――わたしを助けようとしてくれたってこと……?
砕けたガラスケースの上で、アステルが、黄金色の光を放ち続けている。
「燐くん……」
いまだに、拾いあげにいくチャンスをつかめない。
時任先輩のスキを突く機会が、おとずれない――!
風がごうごうと吹き荒れ、わたしは体力的にも限界を迎えていた。
それを振り払うように、わたしは結界を出て、叫んだ。
「――わたしは、燐くんを助ける! どんな方法を使ってでも!」
わたしは、燐くん――アステルへと手を伸ばす。
とたん、時任先輩の杖の先が、まばゆい輝きを放つ。
「歌仙陽菜。オレの野望のために、おまえを倒す――!」
杖は、強烈な風の渦を作り出し、学校を大きく揺らした。
わたしは、あまりの衝撃に、廊下に倒れこんだ。
時任先輩の強烈な風に、学校の窓が次々に割れ、教室の机やイスが吹っ飛んでいく。
学校が、どんどんめちゃくちゃになっていく。
そのとき、時任先輩が放った風の渦が、わたしに向かって飛んでくる。
アステルを拾うことに必死になっていたわたしは、判断が遅れてしまった。
やばいっ――!
セルヴァン会長が飛び出してきて、小さな結界を張り、攻撃を防いでくれた。
「大丈夫ですか?」
「はい。燐くん……アステルも無事、回収できました!」
手のなかの、黄金色の光をセルヴァン会長に見せる。
じんわりと伝わってくる光の温度に、燐くんの体温を思い出し、胸の奥が苦しくなる。
「歌仙くん。このまま防御を続けているだけじゃ、だめです。あなたの導力が尽きてしまう。そうなったら……」
「寿命を使いますよ」
わたしは当然のようにいった。