初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。
第13章
○野茂家・中・居間(夜)(雨)
お茶を啜る英恵。
少しだけ頬が痩せこけている。
居間に入って来る純黎。
英恵「純黎さん、苺佳は?」
純黎「先ほど連絡がありまして、今、雄馬君の家にいるそうです」
正座する純黎。
英恵はまたお茶を啜る。
英恵「帰りは、遅くなるのかしら」
純黎「夕ご飯を一緒に食べるそうなので」
英恵「そう」
短く息を吐く英恵。
純黎「苺佳に、何かご用事でも?」
英恵「大したことではないからいいの。また時間があるときに、ゆっくり話すわ」
純黎「そうですか」
○同・台所(夜)(雨)
机の上。置かれている純黎のスマホ。
バイブレーションしている。
画面。非通知の表示。
○雄馬の家・中(夜)(雨)
激しく降る雨の音。
雄馬の布団の上。
仰向けに寝ている苺佳。
雄馬のパーカを着ている。
額にはタオルが置かれている。
頬は赤らんでいる。
苺佳は荒い呼吸を繰り返す。
座り、見つめる雄馬。
雄馬「苺佳、許して」
苺佳の唇にキスをする雄馬。
長くキスをする。
雄馬のスマホ画面。
画面下。野茂純黎の表示。
唇を離し、スマホに目を遣る。
メッセージを読み、
雄馬「苺佳、苺佳」
肩に手を当てている雄馬。
目を覚ます苺佳。
苺佳「ん……、雄馬?」
苺佳、身体を起こそうとする。
雄馬は両手で支える。
苺佳の額から落ちるタオル。
苺佳「あれ、ここ……?」
左右を見る苺佳。
布団の上に落ちているタオル。
それを手に取る雄馬。
雄馬「俺ん家」
苺佳「雄馬の家……?」
雄馬「うん。そう」
頬をさらに赤くする苺佳。
雄馬は微笑みかける。
雄馬「さっき、純黎さんに連絡して、迎えに来てもらうようにしたから」
苺佳は目を見開く。
苺佳「そう、なんだ」
雄馬「うん」
苺佳から視線を逸らす雄馬。
苦笑いして、頭を掻く。
苺佳「でも、私、どうして、ここに……?」
雄馬「倒れたから」
苺佳「倒、れた?」
雄馬「雨の中、俺のこと待っててくれたんやろ。傘もささずに」
苺佳、視線を逸らす。
雄馬は苺佳の頭を撫でる。
雄馬「ごめん。バイトだって伝えておけばよかった」
苺佳「雄馬は悪くないよ。私が勝手に押しかけたから」
苺佳に抱き着く雄馬。
雄馬「ごめん。俺が全部悪い」
目にうっすらと涙を浮かべる雄馬。
苺佳の耳は赤らんでいく。
雄馬「本当は、苺佳が辛いってこと分かってた。それやのに、俺、苺佳に声掛けられんかった」
苺佳「気にしないで。強がっちゃった私にも責任はあるから」
雄馬「そんなことない。元はと言えば俺に責任がある。苺佳は悪くない」
苺佳の頭を撫で続ける雄馬。
雄馬「苺佳も良く知ってると思うけど、あの毒親のせいで、俺、本音が言えない環境で育ってきてさ。だから、こう今回のこと、苺佳とどう向き合っていいか分からんかって」
雄馬の目を見続ける苺佳。
目には涙を浮かべている。
雄馬は撫でる手を止める。
そして、自分の手を握る。
雄馬「でも、俺、どうしても苺佳のこと守りたくて、酷いこと言った。ホント、ごめん」
頭を下げる雄馬。
苺佳は手を雄馬の頭に乗せる。
苺佳「大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって」
頭を上げる雄馬。
苺佳の目を見る。
雄馬「俺、何が何でも苺佳のこと守りたい。一緒に幸せになりたい。だから、お願いを聞いて欲しい」
苺佳「何?」
首を傾げる苺佳。
雄馬は正座する。
苺佳「……?」
雄馬、苺佳の手を握る。
雄馬「苺佳、俺の前では、隠し事しないで欲しい」
苺佳「えっ」
目を丸くさせる苺佳。
雄馬「苺佳が素直になれない気持ちは分かる。俺もそうだから。でも、心配なんだよ。強がっちゃう苺佳のこと、昔からよく知ってるからこそ、俺じゃなきゃ守れない部分もあると思っとる」
苺佳は唇を震わせる。
雄馬「それに、辛いことって、俺と分け合ったほうが楽やと思う。苺佳ひとりに背負わすことはできへん。俺はこれでも苺佳の幼馴染で、彼氏。俺の一生をかけて、幸せにしたいねん。だから、頼む」
深く頭を下げる雄馬。
苺佳は微笑む。
苺佳「いいよ」
雄馬「えっ」
顔を上げる雄馬。
苺佳は雄馬に凭れかかる。
雄馬の胸元に苺佳の顔。
苺佳は涙を流す。
雄馬「苺佳……?」
忍び泣く苺佳。
雄馬は苺佳を両腕で包み込む。
雄馬「よく耐えたと思う。でも、大丈夫。絶対に俺が守るから」
雄馬から身体を離す苺佳。
苺佳「ねえ、雄馬」
雄馬「ん?」
首を傾げる雄馬。
苺佳「このこと、お母さんたちには言わないで欲しいの」
雄馬「分かってる。苺佳って、昔から純黎さんたちに頼るような感じじゃなかったもんな」
苺佳「うん。余計な心配かけたくないから」
雄馬「言わへん。だから安心して」
苺佳、微笑む。
雄馬も微笑み返す。
インターホンが鳴る。
雄馬「はい」
立ち上がる雄馬。
苺佳、雄馬の足を掴む。
雄馬「うおっ」
振り返る雄馬。
涙目の苺佳。
苺佳「行かないで……」
雄馬「インターホン鳴らしたん、純黎さんだから」
苺佳「まだ帰りたくない。もうちょっとだけ、一緒にいたい」
苺佳の表情がとろけている。
雄馬は唸り声を出す。
苺佳「お願い、雄馬。私、ちゃんとお話しがしたい」
頷く雄馬。
ゆっくりしゃがむ。
雄馬「分かった。でも、純黎さんと話しするから。家に、入れてもいいだろ?」
苺佳、瞼を閉じ、そして開く。
微笑む雄馬。
立ち上がる。
○同・外観(夜)(雨)
雄馬の家の玄関前。
傘を手に立っている純黎。
戸が開く。
顔を覗かせる雄馬。
雄馬「こんばんは」
純黎「こんばんは」
雄馬「すみません」
純黎「謝らないで。看病してくれてありがとう」
雄馬「いえ。あ、どうぞ」
純黎「お邪魔します」
中に入る純黎。
戸が閉まる。
○同・中(夜)(雨)
歩いてくる雄馬と純黎。
雄馬「お茶、淹れますね」
純黎「お気遣い、ありがとうね。でも、もう遅い時間だから、苺佳連れて帰るわ」
雄馬「そう、ですか」
純黎は苺佳のところへ向かう。
布団から出ている苺佳。
床の上で正座している。
苺佳「すみません」
頭を下げる苺佳。
純黎は鞄を床に置く。
鞄の中。マフラーの一部が見えている。
純黎「苺佳、頭上げなさい」
頭を上げる苺佳。
純黎は苺佳の前に座る。
純黎「雄馬君が連絡くれたのよ」
苺佳「はい。知っております」
純黎「どうして、待っていたの?」
苺佳「それは……」
苺佳は雄馬に視線を向ける。
苺佳「雄馬と話がしたくて」
視線を下げる苺佳。
息を吐く純黎。
純黎「まあ何があったのかは知らないけど、もうこんなことはしちゃダメだからね」
苺佳「はい。以後気を付けます」
礼をする苺佳。
純黎は頬をゆるませる。
純黎「苺佳、歩ける?」
苺佳「はい」
鞄を手に、立ち上がる純黎。
苺佳は座り続けている。
純黎「どうしたの? 立てない?」
苺佳「いえ、そうではなくて」
純黎「それじゃあ、どうしたの?」
視線を純黎に向ける苺佳。
雄馬は傍で見守っている。
苺佳「すみません。実はまだ、雄馬に話ができていなくて」
純黎「急ぎのことではないでしょ?」
苺佳「いえ。今日話しておきたくて」
困り顔の純黎。
苺佳は俯く。
苺佳の前にしゃがみ雄馬。
そして、苺佳の手を握る。
雄馬「明日、お見舞い行く。バイト終わりになるけど。それじゃ駄目か?」
純黎は苺佳と雄馬を交互に見る。
苺佳「分かった」
笑顔になる苺佳と雄馬。
純黎、雄馬に身体を向ける。
純黎「明日も雨みたいだから、気を付けてきてね」
雄馬「ありがとうございます」
× × ×
玄関先。
横並びで立つ苺佳と純黎。
苺佳の首元に巻かれているマフラー。
口元まで覆われている。
ドアを開く純黎。
純黎「雄馬君、ありがとう。今日はゆっくり休んでね」
雄馬「こちらこそ、迎えに来ていただき、ありがとうございました」
一礼する雄馬。
苺佳の表情はとろけている。
苺佳「雄馬、今日はありがとう。また、明日ね」
雄馬「うん。お大事に」
純黎「お邪魔しました」
手を振って別れる苺佳と雄馬。
○コンビニ・店内(雨)
客が疎ら。
レジに立つ雄馬。
左右に小さく揺れている。
隣のレジに立つ従業員。
雄馬のことを見る。
従業員「加藤君、なんかフラついてない?」
雄馬「徹夜でテスト勉強してたせいで、今、ちょうど寝不足なんですよね」
従業員「えー、大丈夫?」
雄馬「はい。帰ったら寝るんで」
苦笑いする雄馬。
従業員は数度頷く。
従業員「ふーん。若いねえ」
雄馬は視線のやり場に困る。
客の来店を告げるメロディが鳴る。
従業員「店長から聞いてるけど、シフト、メッチャ入ってるんだろ?」
雄馬「テスト期間中の分、頑張らないとなんで」
従業員「まあ初心者だし、覚えることも多いだろうけど、無理するなよ」
雄馬「ありがとうございます」
雄馬のレジに置かれるカゴ。
頭を下げる雄馬。
雄馬「らっしゃいませ。お預かりします」
○野茂家・外観(夕)(曇り)
袋を右手に、傘を左手に持つ雄馬。
門扉の前で立ち止まる。
その瞬間、咳をする。
頬は少しだけ赤らんでいる。
咳払いをし、声の調子を整える。
そして、インターホンのボタンを押す。
○同・玄関(夕)
ゴミひとつない玄関。
雄馬、一礼する。
純黎「来てくれて、ありがとうね」
雄馬「いえ。お邪魔します」
掠れ声で言う雄馬。
純黎は心配そうに雄馬を見る。
純黎「あれ、声、大丈夫?」
雄馬「すみません。コンビニなんで乾燥してて」
純黎「そうよね。あとでお茶淹れるから、遠慮せずに飲んでね」
雄馬「ありがとうございます」
純黎「どうぞ、どうぞ」
玄関の扉を閉める純黎。
雄馬、純黎の目を見る。
雄馬「あのこれ、苺佳に渡してあげてください」
袋を手渡す雄馬。
袋を受け取る純黎。
純黎「この袋、もしかして?」
雄馬「はい。鯛焼き、苺佳の好物だって知っているので」
純黎「わざわざ。お気遣い、ありがとう」
純黎はニコッと笑う。
雄馬も微笑み返す。
ポケットに手を入れる純黎。
個包装のマスクを取り出す。
そして雄馬に手渡す。
純黎「雄馬君、苺佳の風邪がうつっちゃうとダメだから、マスク付けてもらってもいいかな?」
雄馬「大丈夫ですよ」
マスクを受け取る雄馬。
装着する。
純黎「ごめんね」
雄馬「いえ。あ、手を洗いたいのですが」
純黎「あぁ、洗面所へどうぞ」
○同・苺佳の部屋(夕)
布団の中、体育座りをしている苺佳。
枕元にスマホが置かれている。
近づいてくる足音。
スマホの画面をタップする。
16:30と表示される。
襖の奥で止まる足音。
苺佳はスマホを伏せて置く。
雄馬(声)「苺佳、入ってもいい?」
苺佳「うん」
襖が開かれる。
ニコッとする苺佳。
苺佳「あっ、マスク」
苺佳、手元にあるマスクを付ける。
苺佳「来てくれたんだ」
雄馬「もちろん。彼女が風邪なら、看病せんとアカンやろ」
目尻を垂らす雄馬。
苺佳は雄馬の顔を見つめる。
雄馬「ん? 顔に何か付いてる?」
苺佳「ねえ雄馬、なんか顔赤くない? 大丈夫?」
小さく声を洩らす雄馬。
瞬間、表情を明るくする。
雄馬「うん、大丈夫。走って来たから、かな。ハハハ」
苺佳「雄馬って、確か、走ったりすると頬赤くなるよね?」
雄馬「そうなんよ。今も変わらず」
苺佳「そっか」
苺佳は笑いかける。
雄馬は苺佳のすぐそばに正座する。
雄馬「それより、苺佳は体調どう? 熱下がった?」
苺佳「うん。雄馬が看病してくれたおかげだよ。ありがとう」
一礼する苺佳。
雄馬は苺佳の頭を撫でる。
雄馬「全然。でもホント、ただの風邪で良かった」
苺佳「えっ」
目を丸くさせる苺佳。
雄馬は頭を撫で続ける。
雄馬「昔、俺と帰ってる途中で、突然苺佳が倒れたことあっただろ?」
視線を天井に向ける苺佳。
思い出し、視線を雄馬に向ける。
苺佳「あー、あったね」
雄馬「そのとき俺さ――」
× × ×
笑い合っている苺佳と雄馬。
姿勢を崩している苺佳。
雄馬は手を叩いて笑う。
苺佳「やっぱり、雄馬がいた頃も楽しい思い出ばかりだけど、今のほうがもっと楽しいなって思えるの。やっぱり、付き合っているからかな」
ニコッとする苺佳。
雄馬も釣られて笑う。
雄馬「それは俺も。やっぱ、苺佳と過ごした時間のほうが、濃密やし楽しいし。向こう引っ越してからの生活が地獄やったから、余計にそう思うんやろうけど」
苺佳「そうだよね。私も、雄馬とはまた違うけれど、中学の頃が一番ブラックだったから」
視線を落とす苺佳。
雄馬は一歩前進する。
そして苺佳に近づく。
雄馬「やっぱさ、今頃になって思うのは、俺さ、こっち帰ってきてから、苺佳の中学生時代の話、全然聞いてなかったんよな」
苺佳「私が話さなかったからね」
視線を雄馬から逸らす苺佳。
雄馬「苺佳が昨日俺のこと待ってたのって、話したいから、やんな?」
苺佳「うん」
雄馬は苺佳の左手を握る。
雄馬「今からでもいいなら、聞かせて欲しい」
苺佳「うん。話すよ。約束したからね」
手を握り返す苺佳。
雄馬は苺佳に少しだけ近づく。
苺佳「もう、周知の事実だから、何も隠さず言うけどね、私、中学生のとき、嫌がらせを受けていたの」
○(回想始め)竹若中学校・教室(夕)
黒板。4月24日の表記。
雑談中の男子生徒たち。
男子A「お前が社長になれるわけないだろ」
男子C「でもやってみないと分からないだろ」
男子B「まあ厳しいと思うけどな」
苺佳、男子の輪の中へ入る。
苺佳「ねえ、君たちって、着物に興味あったりしない?」
男子A「は? 着物?」
男子B「きょーみなし」
苺佳「私の家、創業90年を超える着物屋でね、私と結婚すれば、社長になれるよ」
男子C「えっ、社長?」
苺佳「うん。私のお父さんが社長していてね、代を譲れば、私の旦那さんが社長になるの。ね、いい話だと思わない?」
引き気味の男子3人。
× × ×
(時間経過)
黒板。5月16日の表記。
男子A、C,Dが会話している。
そこに近づく苺佳。
男子の表情が変わる。
苺佳「ねえ、どう? 考えてみてくれないかな?」
男子D「無理って言ってんだろ」
男子C「俺も無理」
苺佳「本当に言っているの? 就職先も決まっていると安泰だと思うよ?」
男子Cの肩に触れる苺佳。
男子C「触んな」
手を払い退ける男子C。
男子A「もう近寄んな」
苺佳の肩を叩く男子A。
嘲笑しながら去っていく男子たち。
その様子を見ている女子たち。
小声で話をしている。
× × ×
(時間経過)
黒板。6月11日と記入されている。
生徒たちが集う教室内。
入って来る苺佳。
周りが避ける。
自分の机に視線を向ける苺佳。
苺佳の机に落書きされている。
苺佳「誰、誰がやったの?」
無視する生徒たち。
苺佳「名乗り出て。酷いよ、こんなことするなんて」
周りを見ていく苺佳。
苺佳の前に立ちはだかる女子3人。
苺佳「またあなたたちでしょ! 何でこんなことするの!?」
女子生徒Aに突っかかる苺佳。
生徒Aは苺佳の髪の毛を掴む。
生徒A「マジサイテーな女」
生徒B「自業自得でしょ」
生徒C「これ以上私の彼氏に近づいたら、許さないから」
睨みを利かせる3人。
しゃがみ込む苺佳。
そのまま泣き始める。
間に入ってくる男子A。
男子A「うっわー、すぐ泣く。やっぱ脳みそも空っぽなんだな」
苺佳の背中を叩く男子A。
女子生徒Aは教科書を落とす。
女子生徒BとCは教科書を踏みつける。
男子A「はい、皆さまご唱和くださーい! 中身のない苺。中身のない苺」
生徒たち(唱和)「中身のない苺。中身のない苺。中身のない苺」
(回想終わり)
○野茂家・苺佳の部屋(夕)
向き合って座っている苺佳と雄馬。
互いに頬が薄く赤らんでいる。
苺佳「まあ、こんな感じ、かな。詳しく行っちゃうと長くなるから。体調がいいときにまた話させて」
雄馬「分かった」
苺佳、左右の手指を絡めていく。
苺佳「私ね、雄馬がいなくなってから、毎日寂しかったの。いつ帰ってくるか分からないけど、迎えに来るって、その言葉が信じられなくて」
雄馬「うん」
苺佳「だから、もう帰ってこないだろうと思っていたから、早々に結婚相手を見つけないと、ってね」
苺佳は目を伏せる。
雄馬も視線を逸らす。
苺佳「多分、雄馬と2人で過ごす時間が長かったからか、隣に男の子がいないと安心できない一面もあったと思う。まあ近寄り過ぎて嫌われたけどね」
苦笑いをする苺佳。
雄馬は苺佳に視線を合わせる。
苺佳「でもね、嫌がらせを受けて、気付いたことがあるの。私に、雄馬以外の男は要らないなって。あ、でも、バンド活動するうえでは、天ちゃんは必要だけどね」
マスク越しに笑みを浮かべる苺佳。
雄馬は目尻を垂らして笑う。
雄馬「ハハハッ。知ってる。俺も苺佳以外の女は要らん。でもまあDRAGON15は好きやから、柏木さんも居てくれんと困るけど」
苺佳「何それ。ふふっ」
苺佳も目尻を垂らす。
雄馬「あ、そうや。ここ来る前に鯛焼き買ってきたから、あとで食べて。純黎さんに渡してあるから」
苺佳「もしかして雄馬、覚えていてくれたの?」
雄馬「やっぱり、今でも変わらず、風邪のときも食べるんや」
苺佳「うん。色んな意味で、雄馬との思い出の味だからね」
ニカッと笑う苺佳。
雄馬も笑う。
苺佳「ねえ、雄馬。良かったら、頭、撫でて欲しい」
雄馬「もしかして、甘えてる?」
苺佳「本当はキスがいいけど、風邪うつすわけにはいかないから」
雄馬「分かった。じゃあ、目閉じて。そっちのほうが、より嬉しく感じられるから」
苺佳は目を閉じる。
雄馬、苺佳のマスクを外す。
苺佳「えっ」
雄馬「そのまま、目、閉じとって」
自分のマスクも外す雄馬。
そのまま苺佳の唇にキスをする。
目を開ける苺佳。
頬と耳を赤らめる。
雄馬「苺佳の風邪が治るなら、俺がその風邪もらうから」
マスクを戻す雄馬。
苺佳は照れ笑い。
苺佳「ありがとう。嬉しい」
マスクを付け直す苺佳。
17時を告げるチャイムが鳴る。
雄馬「5時か。長くお邪魔するのも悪いから、そろそろ帰ろうかな」
苺佳「分かった」
立ち上がる雄馬。
苺佳、下から雄馬の顔を覗き込む。
苺佳「ねえ、雄馬、まだ頬が赤いけど、大丈夫?」
雄馬「あー、うん。大丈夫。ちょっと暑いだけ」
苺佳「暖房効きすぎていたよね」
雄馬と苺佳、同時に照れる。
苺佳「あ、玄関まで見送るよ」
雄馬「お、おう」
○同・玄関
靴を履く雄馬。
見守る苺佳と純黎。
雄馬は振り返り、礼をする。
雄馬「お邪魔しました」
純黎「今日はありがとうね。また、苺佳が元気なときに、遊びに来てね」
雄馬「はい」
ニコッと笑う雄馬。
苺佳「バイト終わりに、ありがと。また学校でね」
雄馬「うん。お大事に」
戸を開ける雄馬。
振り向き、会釈。
雄馬「ありがとうございました。失礼します」
手を振り見送る苺佳と純黎。
静かに戸を閉める雄馬。
○同・外観(夕)
マスクを外す雄馬。
頬が真っ赤に染まっている。
○歩道(夕)
左右に揺れながら歩く雄馬。
浅い呼吸を繰り返している。
○雄馬の家・外観(夕)
雄馬、ふらつきながら歩いている。
頬は真っ赤。浅い呼吸。
鍵を開け、中に入る。
○同・中(夕)
戸を閉め、鍵をかける雄馬。
そのまま前に倒れ込む。
肩を上下させる雄馬。
浅い呼吸を繰り返す。
そして、瞼を閉じる。
お茶を啜る英恵。
少しだけ頬が痩せこけている。
居間に入って来る純黎。
英恵「純黎さん、苺佳は?」
純黎「先ほど連絡がありまして、今、雄馬君の家にいるそうです」
正座する純黎。
英恵はまたお茶を啜る。
英恵「帰りは、遅くなるのかしら」
純黎「夕ご飯を一緒に食べるそうなので」
英恵「そう」
短く息を吐く英恵。
純黎「苺佳に、何かご用事でも?」
英恵「大したことではないからいいの。また時間があるときに、ゆっくり話すわ」
純黎「そうですか」
○同・台所(夜)(雨)
机の上。置かれている純黎のスマホ。
バイブレーションしている。
画面。非通知の表示。
○雄馬の家・中(夜)(雨)
激しく降る雨の音。
雄馬の布団の上。
仰向けに寝ている苺佳。
雄馬のパーカを着ている。
額にはタオルが置かれている。
頬は赤らんでいる。
苺佳は荒い呼吸を繰り返す。
座り、見つめる雄馬。
雄馬「苺佳、許して」
苺佳の唇にキスをする雄馬。
長くキスをする。
雄馬のスマホ画面。
画面下。野茂純黎の表示。
唇を離し、スマホに目を遣る。
メッセージを読み、
雄馬「苺佳、苺佳」
肩に手を当てている雄馬。
目を覚ます苺佳。
苺佳「ん……、雄馬?」
苺佳、身体を起こそうとする。
雄馬は両手で支える。
苺佳の額から落ちるタオル。
苺佳「あれ、ここ……?」
左右を見る苺佳。
布団の上に落ちているタオル。
それを手に取る雄馬。
雄馬「俺ん家」
苺佳「雄馬の家……?」
雄馬「うん。そう」
頬をさらに赤くする苺佳。
雄馬は微笑みかける。
雄馬「さっき、純黎さんに連絡して、迎えに来てもらうようにしたから」
苺佳は目を見開く。
苺佳「そう、なんだ」
雄馬「うん」
苺佳から視線を逸らす雄馬。
苦笑いして、頭を掻く。
苺佳「でも、私、どうして、ここに……?」
雄馬「倒れたから」
苺佳「倒、れた?」
雄馬「雨の中、俺のこと待っててくれたんやろ。傘もささずに」
苺佳、視線を逸らす。
雄馬は苺佳の頭を撫でる。
雄馬「ごめん。バイトだって伝えておけばよかった」
苺佳「雄馬は悪くないよ。私が勝手に押しかけたから」
苺佳に抱き着く雄馬。
雄馬「ごめん。俺が全部悪い」
目にうっすらと涙を浮かべる雄馬。
苺佳の耳は赤らんでいく。
雄馬「本当は、苺佳が辛いってこと分かってた。それやのに、俺、苺佳に声掛けられんかった」
苺佳「気にしないで。強がっちゃった私にも責任はあるから」
雄馬「そんなことない。元はと言えば俺に責任がある。苺佳は悪くない」
苺佳の頭を撫で続ける雄馬。
雄馬「苺佳も良く知ってると思うけど、あの毒親のせいで、俺、本音が言えない環境で育ってきてさ。だから、こう今回のこと、苺佳とどう向き合っていいか分からんかって」
雄馬の目を見続ける苺佳。
目には涙を浮かべている。
雄馬は撫でる手を止める。
そして、自分の手を握る。
雄馬「でも、俺、どうしても苺佳のこと守りたくて、酷いこと言った。ホント、ごめん」
頭を下げる雄馬。
苺佳は手を雄馬の頭に乗せる。
苺佳「大丈夫だよ。ごめんね、心配かけちゃって」
頭を上げる雄馬。
苺佳の目を見る。
雄馬「俺、何が何でも苺佳のこと守りたい。一緒に幸せになりたい。だから、お願いを聞いて欲しい」
苺佳「何?」
首を傾げる苺佳。
雄馬は正座する。
苺佳「……?」
雄馬、苺佳の手を握る。
雄馬「苺佳、俺の前では、隠し事しないで欲しい」
苺佳「えっ」
目を丸くさせる苺佳。
雄馬「苺佳が素直になれない気持ちは分かる。俺もそうだから。でも、心配なんだよ。強がっちゃう苺佳のこと、昔からよく知ってるからこそ、俺じゃなきゃ守れない部分もあると思っとる」
苺佳は唇を震わせる。
雄馬「それに、辛いことって、俺と分け合ったほうが楽やと思う。苺佳ひとりに背負わすことはできへん。俺はこれでも苺佳の幼馴染で、彼氏。俺の一生をかけて、幸せにしたいねん。だから、頼む」
深く頭を下げる雄馬。
苺佳は微笑む。
苺佳「いいよ」
雄馬「えっ」
顔を上げる雄馬。
苺佳は雄馬に凭れかかる。
雄馬の胸元に苺佳の顔。
苺佳は涙を流す。
雄馬「苺佳……?」
忍び泣く苺佳。
雄馬は苺佳を両腕で包み込む。
雄馬「よく耐えたと思う。でも、大丈夫。絶対に俺が守るから」
雄馬から身体を離す苺佳。
苺佳「ねえ、雄馬」
雄馬「ん?」
首を傾げる雄馬。
苺佳「このこと、お母さんたちには言わないで欲しいの」
雄馬「分かってる。苺佳って、昔から純黎さんたちに頼るような感じじゃなかったもんな」
苺佳「うん。余計な心配かけたくないから」
雄馬「言わへん。だから安心して」
苺佳、微笑む。
雄馬も微笑み返す。
インターホンが鳴る。
雄馬「はい」
立ち上がる雄馬。
苺佳、雄馬の足を掴む。
雄馬「うおっ」
振り返る雄馬。
涙目の苺佳。
苺佳「行かないで……」
雄馬「インターホン鳴らしたん、純黎さんだから」
苺佳「まだ帰りたくない。もうちょっとだけ、一緒にいたい」
苺佳の表情がとろけている。
雄馬は唸り声を出す。
苺佳「お願い、雄馬。私、ちゃんとお話しがしたい」
頷く雄馬。
ゆっくりしゃがむ。
雄馬「分かった。でも、純黎さんと話しするから。家に、入れてもいいだろ?」
苺佳、瞼を閉じ、そして開く。
微笑む雄馬。
立ち上がる。
○同・外観(夜)(雨)
雄馬の家の玄関前。
傘を手に立っている純黎。
戸が開く。
顔を覗かせる雄馬。
雄馬「こんばんは」
純黎「こんばんは」
雄馬「すみません」
純黎「謝らないで。看病してくれてありがとう」
雄馬「いえ。あ、どうぞ」
純黎「お邪魔します」
中に入る純黎。
戸が閉まる。
○同・中(夜)(雨)
歩いてくる雄馬と純黎。
雄馬「お茶、淹れますね」
純黎「お気遣い、ありがとうね。でも、もう遅い時間だから、苺佳連れて帰るわ」
雄馬「そう、ですか」
純黎は苺佳のところへ向かう。
布団から出ている苺佳。
床の上で正座している。
苺佳「すみません」
頭を下げる苺佳。
純黎は鞄を床に置く。
鞄の中。マフラーの一部が見えている。
純黎「苺佳、頭上げなさい」
頭を上げる苺佳。
純黎は苺佳の前に座る。
純黎「雄馬君が連絡くれたのよ」
苺佳「はい。知っております」
純黎「どうして、待っていたの?」
苺佳「それは……」
苺佳は雄馬に視線を向ける。
苺佳「雄馬と話がしたくて」
視線を下げる苺佳。
息を吐く純黎。
純黎「まあ何があったのかは知らないけど、もうこんなことはしちゃダメだからね」
苺佳「はい。以後気を付けます」
礼をする苺佳。
純黎は頬をゆるませる。
純黎「苺佳、歩ける?」
苺佳「はい」
鞄を手に、立ち上がる純黎。
苺佳は座り続けている。
純黎「どうしたの? 立てない?」
苺佳「いえ、そうではなくて」
純黎「それじゃあ、どうしたの?」
視線を純黎に向ける苺佳。
雄馬は傍で見守っている。
苺佳「すみません。実はまだ、雄馬に話ができていなくて」
純黎「急ぎのことではないでしょ?」
苺佳「いえ。今日話しておきたくて」
困り顔の純黎。
苺佳は俯く。
苺佳の前にしゃがみ雄馬。
そして、苺佳の手を握る。
雄馬「明日、お見舞い行く。バイト終わりになるけど。それじゃ駄目か?」
純黎は苺佳と雄馬を交互に見る。
苺佳「分かった」
笑顔になる苺佳と雄馬。
純黎、雄馬に身体を向ける。
純黎「明日も雨みたいだから、気を付けてきてね」
雄馬「ありがとうございます」
× × ×
玄関先。
横並びで立つ苺佳と純黎。
苺佳の首元に巻かれているマフラー。
口元まで覆われている。
ドアを開く純黎。
純黎「雄馬君、ありがとう。今日はゆっくり休んでね」
雄馬「こちらこそ、迎えに来ていただき、ありがとうございました」
一礼する雄馬。
苺佳の表情はとろけている。
苺佳「雄馬、今日はありがとう。また、明日ね」
雄馬「うん。お大事に」
純黎「お邪魔しました」
手を振って別れる苺佳と雄馬。
○コンビニ・店内(雨)
客が疎ら。
レジに立つ雄馬。
左右に小さく揺れている。
隣のレジに立つ従業員。
雄馬のことを見る。
従業員「加藤君、なんかフラついてない?」
雄馬「徹夜でテスト勉強してたせいで、今、ちょうど寝不足なんですよね」
従業員「えー、大丈夫?」
雄馬「はい。帰ったら寝るんで」
苦笑いする雄馬。
従業員は数度頷く。
従業員「ふーん。若いねえ」
雄馬は視線のやり場に困る。
客の来店を告げるメロディが鳴る。
従業員「店長から聞いてるけど、シフト、メッチャ入ってるんだろ?」
雄馬「テスト期間中の分、頑張らないとなんで」
従業員「まあ初心者だし、覚えることも多いだろうけど、無理するなよ」
雄馬「ありがとうございます」
雄馬のレジに置かれるカゴ。
頭を下げる雄馬。
雄馬「らっしゃいませ。お預かりします」
○野茂家・外観(夕)(曇り)
袋を右手に、傘を左手に持つ雄馬。
門扉の前で立ち止まる。
その瞬間、咳をする。
頬は少しだけ赤らんでいる。
咳払いをし、声の調子を整える。
そして、インターホンのボタンを押す。
○同・玄関(夕)
ゴミひとつない玄関。
雄馬、一礼する。
純黎「来てくれて、ありがとうね」
雄馬「いえ。お邪魔します」
掠れ声で言う雄馬。
純黎は心配そうに雄馬を見る。
純黎「あれ、声、大丈夫?」
雄馬「すみません。コンビニなんで乾燥してて」
純黎「そうよね。あとでお茶淹れるから、遠慮せずに飲んでね」
雄馬「ありがとうございます」
純黎「どうぞ、どうぞ」
玄関の扉を閉める純黎。
雄馬、純黎の目を見る。
雄馬「あのこれ、苺佳に渡してあげてください」
袋を手渡す雄馬。
袋を受け取る純黎。
純黎「この袋、もしかして?」
雄馬「はい。鯛焼き、苺佳の好物だって知っているので」
純黎「わざわざ。お気遣い、ありがとう」
純黎はニコッと笑う。
雄馬も微笑み返す。
ポケットに手を入れる純黎。
個包装のマスクを取り出す。
そして雄馬に手渡す。
純黎「雄馬君、苺佳の風邪がうつっちゃうとダメだから、マスク付けてもらってもいいかな?」
雄馬「大丈夫ですよ」
マスクを受け取る雄馬。
装着する。
純黎「ごめんね」
雄馬「いえ。あ、手を洗いたいのですが」
純黎「あぁ、洗面所へどうぞ」
○同・苺佳の部屋(夕)
布団の中、体育座りをしている苺佳。
枕元にスマホが置かれている。
近づいてくる足音。
スマホの画面をタップする。
16:30と表示される。
襖の奥で止まる足音。
苺佳はスマホを伏せて置く。
雄馬(声)「苺佳、入ってもいい?」
苺佳「うん」
襖が開かれる。
ニコッとする苺佳。
苺佳「あっ、マスク」
苺佳、手元にあるマスクを付ける。
苺佳「来てくれたんだ」
雄馬「もちろん。彼女が風邪なら、看病せんとアカンやろ」
目尻を垂らす雄馬。
苺佳は雄馬の顔を見つめる。
雄馬「ん? 顔に何か付いてる?」
苺佳「ねえ雄馬、なんか顔赤くない? 大丈夫?」
小さく声を洩らす雄馬。
瞬間、表情を明るくする。
雄馬「うん、大丈夫。走って来たから、かな。ハハハ」
苺佳「雄馬って、確か、走ったりすると頬赤くなるよね?」
雄馬「そうなんよ。今も変わらず」
苺佳「そっか」
苺佳は笑いかける。
雄馬は苺佳のすぐそばに正座する。
雄馬「それより、苺佳は体調どう? 熱下がった?」
苺佳「うん。雄馬が看病してくれたおかげだよ。ありがとう」
一礼する苺佳。
雄馬は苺佳の頭を撫でる。
雄馬「全然。でもホント、ただの風邪で良かった」
苺佳「えっ」
目を丸くさせる苺佳。
雄馬は頭を撫で続ける。
雄馬「昔、俺と帰ってる途中で、突然苺佳が倒れたことあっただろ?」
視線を天井に向ける苺佳。
思い出し、視線を雄馬に向ける。
苺佳「あー、あったね」
雄馬「そのとき俺さ――」
× × ×
笑い合っている苺佳と雄馬。
姿勢を崩している苺佳。
雄馬は手を叩いて笑う。
苺佳「やっぱり、雄馬がいた頃も楽しい思い出ばかりだけど、今のほうがもっと楽しいなって思えるの。やっぱり、付き合っているからかな」
ニコッとする苺佳。
雄馬も釣られて笑う。
雄馬「それは俺も。やっぱ、苺佳と過ごした時間のほうが、濃密やし楽しいし。向こう引っ越してからの生活が地獄やったから、余計にそう思うんやろうけど」
苺佳「そうだよね。私も、雄馬とはまた違うけれど、中学の頃が一番ブラックだったから」
視線を落とす苺佳。
雄馬は一歩前進する。
そして苺佳に近づく。
雄馬「やっぱさ、今頃になって思うのは、俺さ、こっち帰ってきてから、苺佳の中学生時代の話、全然聞いてなかったんよな」
苺佳「私が話さなかったからね」
視線を雄馬から逸らす苺佳。
雄馬「苺佳が昨日俺のこと待ってたのって、話したいから、やんな?」
苺佳「うん」
雄馬は苺佳の左手を握る。
雄馬「今からでもいいなら、聞かせて欲しい」
苺佳「うん。話すよ。約束したからね」
手を握り返す苺佳。
雄馬は苺佳に少しだけ近づく。
苺佳「もう、周知の事実だから、何も隠さず言うけどね、私、中学生のとき、嫌がらせを受けていたの」
○(回想始め)竹若中学校・教室(夕)
黒板。4月24日の表記。
雑談中の男子生徒たち。
男子A「お前が社長になれるわけないだろ」
男子C「でもやってみないと分からないだろ」
男子B「まあ厳しいと思うけどな」
苺佳、男子の輪の中へ入る。
苺佳「ねえ、君たちって、着物に興味あったりしない?」
男子A「は? 着物?」
男子B「きょーみなし」
苺佳「私の家、創業90年を超える着物屋でね、私と結婚すれば、社長になれるよ」
男子C「えっ、社長?」
苺佳「うん。私のお父さんが社長していてね、代を譲れば、私の旦那さんが社長になるの。ね、いい話だと思わない?」
引き気味の男子3人。
× × ×
(時間経過)
黒板。5月16日の表記。
男子A、C,Dが会話している。
そこに近づく苺佳。
男子の表情が変わる。
苺佳「ねえ、どう? 考えてみてくれないかな?」
男子D「無理って言ってんだろ」
男子C「俺も無理」
苺佳「本当に言っているの? 就職先も決まっていると安泰だと思うよ?」
男子Cの肩に触れる苺佳。
男子C「触んな」
手を払い退ける男子C。
男子A「もう近寄んな」
苺佳の肩を叩く男子A。
嘲笑しながら去っていく男子たち。
その様子を見ている女子たち。
小声で話をしている。
× × ×
(時間経過)
黒板。6月11日と記入されている。
生徒たちが集う教室内。
入って来る苺佳。
周りが避ける。
自分の机に視線を向ける苺佳。
苺佳の机に落書きされている。
苺佳「誰、誰がやったの?」
無視する生徒たち。
苺佳「名乗り出て。酷いよ、こんなことするなんて」
周りを見ていく苺佳。
苺佳の前に立ちはだかる女子3人。
苺佳「またあなたたちでしょ! 何でこんなことするの!?」
女子生徒Aに突っかかる苺佳。
生徒Aは苺佳の髪の毛を掴む。
生徒A「マジサイテーな女」
生徒B「自業自得でしょ」
生徒C「これ以上私の彼氏に近づいたら、許さないから」
睨みを利かせる3人。
しゃがみ込む苺佳。
そのまま泣き始める。
間に入ってくる男子A。
男子A「うっわー、すぐ泣く。やっぱ脳みそも空っぽなんだな」
苺佳の背中を叩く男子A。
女子生徒Aは教科書を落とす。
女子生徒BとCは教科書を踏みつける。
男子A「はい、皆さまご唱和くださーい! 中身のない苺。中身のない苺」
生徒たち(唱和)「中身のない苺。中身のない苺。中身のない苺」
(回想終わり)
○野茂家・苺佳の部屋(夕)
向き合って座っている苺佳と雄馬。
互いに頬が薄く赤らんでいる。
苺佳「まあ、こんな感じ、かな。詳しく行っちゃうと長くなるから。体調がいいときにまた話させて」
雄馬「分かった」
苺佳、左右の手指を絡めていく。
苺佳「私ね、雄馬がいなくなってから、毎日寂しかったの。いつ帰ってくるか分からないけど、迎えに来るって、その言葉が信じられなくて」
雄馬「うん」
苺佳「だから、もう帰ってこないだろうと思っていたから、早々に結婚相手を見つけないと、ってね」
苺佳は目を伏せる。
雄馬も視線を逸らす。
苺佳「多分、雄馬と2人で過ごす時間が長かったからか、隣に男の子がいないと安心できない一面もあったと思う。まあ近寄り過ぎて嫌われたけどね」
苦笑いをする苺佳。
雄馬は苺佳に視線を合わせる。
苺佳「でもね、嫌がらせを受けて、気付いたことがあるの。私に、雄馬以外の男は要らないなって。あ、でも、バンド活動するうえでは、天ちゃんは必要だけどね」
マスク越しに笑みを浮かべる苺佳。
雄馬は目尻を垂らして笑う。
雄馬「ハハハッ。知ってる。俺も苺佳以外の女は要らん。でもまあDRAGON15は好きやから、柏木さんも居てくれんと困るけど」
苺佳「何それ。ふふっ」
苺佳も目尻を垂らす。
雄馬「あ、そうや。ここ来る前に鯛焼き買ってきたから、あとで食べて。純黎さんに渡してあるから」
苺佳「もしかして雄馬、覚えていてくれたの?」
雄馬「やっぱり、今でも変わらず、風邪のときも食べるんや」
苺佳「うん。色んな意味で、雄馬との思い出の味だからね」
ニカッと笑う苺佳。
雄馬も笑う。
苺佳「ねえ、雄馬。良かったら、頭、撫でて欲しい」
雄馬「もしかして、甘えてる?」
苺佳「本当はキスがいいけど、風邪うつすわけにはいかないから」
雄馬「分かった。じゃあ、目閉じて。そっちのほうが、より嬉しく感じられるから」
苺佳は目を閉じる。
雄馬、苺佳のマスクを外す。
苺佳「えっ」
雄馬「そのまま、目、閉じとって」
自分のマスクも外す雄馬。
そのまま苺佳の唇にキスをする。
目を開ける苺佳。
頬と耳を赤らめる。
雄馬「苺佳の風邪が治るなら、俺がその風邪もらうから」
マスクを戻す雄馬。
苺佳は照れ笑い。
苺佳「ありがとう。嬉しい」
マスクを付け直す苺佳。
17時を告げるチャイムが鳴る。
雄馬「5時か。長くお邪魔するのも悪いから、そろそろ帰ろうかな」
苺佳「分かった」
立ち上がる雄馬。
苺佳、下から雄馬の顔を覗き込む。
苺佳「ねえ、雄馬、まだ頬が赤いけど、大丈夫?」
雄馬「あー、うん。大丈夫。ちょっと暑いだけ」
苺佳「暖房効きすぎていたよね」
雄馬と苺佳、同時に照れる。
苺佳「あ、玄関まで見送るよ」
雄馬「お、おう」
○同・玄関
靴を履く雄馬。
見守る苺佳と純黎。
雄馬は振り返り、礼をする。
雄馬「お邪魔しました」
純黎「今日はありがとうね。また、苺佳が元気なときに、遊びに来てね」
雄馬「はい」
ニコッと笑う雄馬。
苺佳「バイト終わりに、ありがと。また学校でね」
雄馬「うん。お大事に」
戸を開ける雄馬。
振り向き、会釈。
雄馬「ありがとうございました。失礼します」
手を振り見送る苺佳と純黎。
静かに戸を閉める雄馬。
○同・外観(夕)
マスクを外す雄馬。
頬が真っ赤に染まっている。
○歩道(夕)
左右に揺れながら歩く雄馬。
浅い呼吸を繰り返している。
○雄馬の家・外観(夕)
雄馬、ふらつきながら歩いている。
頬は真っ赤。浅い呼吸。
鍵を開け、中に入る。
○同・中(夕)
戸を閉め、鍵をかける雄馬。
そのまま前に倒れ込む。
肩を上下させる雄馬。
浅い呼吸を繰り返す。
そして、瞼を閉じる。