初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。

第4章

○車内(夜)(雨)
   運転中の野茂。
   運転席の後ろに座る英恵。
英恵「日高、苺佳が帰ってきたら私の部屋へ通すように伝えてちょうだい。いいわね?」
野茂「分かりました。お飲み物は用意しますか?」
英恵「私はお茶で構わないわ。苺佳には用意しなくても結構よ。どうせ飲みやしないだろうからね」
野茂「かしこまりました」
   窓の外を眺める英恵。
   大きな溜め息を吐く。
英恵「懐かしいわね」
野茂「はい?」
英恵「数年前まではお手伝いさんがいたのに、もう今となっては社長自らが運転するだなんて。想像もしていなかったわね」
野茂「そうですね。今はとても雇えるほどお金もないですからね」
英恵「それでも、苺佳には日高の跡を継がせるつもりで厳しくしますからね。日高も厳しくしなさいよ」
野茂「はい」

○ライブハウス・外観(夜)(曇り)
   傘を閉じ、歩いている人たち。
   近くの時計。
   針は19時50分をさしている。

○同・会場(夜)(曇り)
   熱狂し続ける観客たち。
   演奏で盛り上げていく天龍と皐月。
   苺佳も演奏と歌に集中している。
    ×    ×    ×
   (時間経過)
   演奏が終わる。
   歓声と拍手が送られる。
皐月「皆さん、ありがとうございます!」
   雄馬、笑顔で苺佳を見つめる。
   苺佳、前髪を垂らし、軽く下を向く。
   軽く心配そうな目を向ける雄馬。
   関本がマイクに口を近づけ口を開く。
関本「皆さん、楽しんでいただけましたか?」
   皐月がドラム演奏で観客を煽る。
   観客たちは拍手と声援を送る。
   雄馬も遅れて拍手。
関本「ありがとうございます。じゃあ、最後の締めはリーダー、よろしく!」
   隣に立つ苺佳のことを見る関本。
   深呼吸をして、苺佳は顔を上げる。
苺佳「(空元気)はい、バトンを受け取りました。DRAGON15リーダーのイチカです!」
   再び湧き上がる歓声。
   マイクに口を近づける苺佳。
   静かになる歓声。
   照明が苺佳にだけ当てられる。
苺佳「最後は、サツキ作詞作曲の新曲で、今日のライブを締めさせていただきます。DRAGON15、初めての恋愛ソングです。それではお聞きください。『染み母にロックンロール』」


○同・外観(夜)(曇り)
   階段を上ってくる苺佳、皐月、関本の3人。
皐月「あっ、雨やんでる」
関本「ホントだ。傘さして走るの面倒やし、ラッキー」
苺佳「そうだね」
   電柱に背を預ける雄馬。
   3人の話し声に気付き、手を挙げる。
皐月「苺佳、雄馬君待ってるよ」
苺佳「あ、うん……」
   近づいてくる雄馬。
   軽く手を挙げる皐月と関本。
   苺佳はフッと視線を逸らす。
雄馬「お疲れ様」
皐月「今日はわざわざ来てくれてありがとね」
雄馬「全然。楽しませてもらったよ」
関本「カト雄、また次のライブあったら来いよ。また誘ってやっからよ」
   関本は雄馬の肩に手を回す。
   雄馬も手を回す。
雄馬「もちろん。これからは毎回行かせてもらう。もうDRAGON15のファンだし」
関本「最高っ! この調子でファン獲得してくぞー!」
   夜空に叫ぶ関本。
   笑い始める皐月と雄馬。
   苺佳はギターケースを強く握る。
皐月「雄馬君、リーダーと楽しんで帰りなよ」
雄馬「うん」
   苺佳の背中をポンと軽く押す皐月。
   反動で前に出る苺佳。
   雄馬にぶつかる。
   苺佳の背中に手を回す雄馬。
   頬を赤らめる苺佳。
関本「じゃあな、いっちゃん、カト雄!」
皐月「また月曜日~。バイバ~イ!」
   手を振りながら去っていく関本と皐月。
   小さく手を振り返す苺佳。
   ニコニコと笑い手を振る雄馬。
   2人の姿が見えなくなる。
苺佳「今日は来てくれてありがとうね」
雄馬「こっちこそ。もうメッチャ楽しめた。ありがとな」
   首を横に振る苺佳。
   そして軽く俯く。
雄馬「にしても、苺佳すごいな。新曲、苺佳の独唱から始まってさ、鳥肌もんだった」
   苺佳は俯いたまま喋る。
苺佳「私はすごくないよ……。すごいのは、演奏で支えてくれた皐月と天ちゃんだよ。私はただ、歌っていただけだから」
雄馬「そんなに謙遜しなくてもいいやん。苺佳はすごいよ。俺が認めたる」
   雄馬、苺佳の肩に手を置く。
   顔を上げ、軽く微笑む苺佳。
   瞳には涙を浮かべている。
苺佳「私そろそろ帰らないと。じゃあ、また月曜!」
   雄馬の元から走り去る苺佳。
   追いかけて走る雄馬。
   苺佳の腕を掴む。
苺佳「……!」
雄馬「苺佳!」
苺佳「……」
雄馬「苺佳……?」
   振り返らない苺佳。
   唇を震わせ、泣き始める。
苺佳「ごめん雄馬、離して。私、帰らないと。ごめんね。ごめんね……」
   苺佳の腕を掴む手を緩める雄馬。
   そのまま髪を揺らして走る苺佳。
   雄馬はただ茫然と苺佳の後ろ姿を眺めているだけ。

○野茂家・外観(夜)(曇り)
   電気が付いている。

○同・玄関(夜)(曇り)
   引き戸を開ける苺佳。
   鍵を閉め、靴を脱ぎ始める。
   廊下を歩いてくる野茂。
苺佳「ただいま戻りました。お父様」
野茂「ああ、随分と遅かったな」
苺佳「(俯き)すみません」
野茂「母様が部屋で苺佳のことを待っているから、早く行ってやってくれ」
   苺佳に背中を向けて歩く野茂。
苺佳「分かりました。すぐに行きます」
   靴を脱ぎ、揃える苺佳。
   早歩きで廊下を歩いていく。

○同・英恵の部屋(夜)(曇り)
   和室。和机。向かい合わせの座布団。
   上座。座布団の上。正座中の英恵。
   着物を着用している。
   襖を開ける苺佳。
   正座し、土下座する。
苺佳「遅くなって申し訳ありません」
英恵「早くお入り」
苺佳「失礼します」
   立ち上がり、中に入る苺佳。
英恵「お座りなさい」
苺佳「はい」
   英恵の前の座布団。正座する苺佳。
   ギターケースを下ろす。
英恵「そのケース、廊下に置いてきなさい。この空間には似合いませんよ」
苺佳「でも――」
英恵「(遮って)今日あなたをここに呼んだのは、他でもなく、バンド活動のことです」
苺佳「はっ……!」
英恵「あなたは子供じゃないから、分かるわよね。ケースは外に起きなさい」
   頷く苺佳。
   立ち上がり、ケースをそのまま外に置く。
   そして再び座布団に正座する。
英恵「もう遅い時間ですので、手短にお話しさせていただきますよ」
苺佳「はい」
英恵「高校を卒業後の進路はどうするつもりなのかしら」
苺佳「大学に行きたいと思っております」
英恵「何を学ぶつもりなの?」
   苺佳に冷徹な視線を向ける英恵。
   少しだけ黒目を泳がせる苺佳。
苺佳「日本文化を学びたいと」
英恵「そう。では、苺佳は、このお店を継ぐということでいいのね?」
苺佳「……」
英恵「どうなの? ハッキリしなさい」
苺佳「それは、雄馬の気持ちを確かめないと分からないといいますか、その……」
   口籠る苺佳。
英恵「雄馬……、ああ、あの子ね」
   英恵はゆっくり頷く。
   驚く苺佳は、目を見開く。
英恵「この前、雄馬君がわざわざ訪ねてきてくれたのよ。こちらへ引っ越してきたから、てね。あの子も随分と大人になったじゃない。小さくて泣き虫だったのに」
   懐かしむ英恵。
   苺佳は驚きが隠せないでいる。
英恵「丁寧にご挨拶してくれたあとにね、言われたのよ。家での楽器演奏を許可してあげてください、とね」
苺佳「……え」
英恵「楽器が演奏できないことで、作曲もできないことを寂しそうにしていたので、ぜひ、よろしくお願いします、とね」
   湯呑に手を伸ばしお茶を啜る英恵。
苺佳「ゆ、雄馬が……!?」
英恵「大人になったとは言え、私のことを嘗めてから。腹が立つわね」
   お茶を啜る英恵。
苺佳「雄馬のことを、悪く言わないでもらえますか。彼のことを責めないでください」
   湯呑を強めに置く英恵。
英恵「まあいいわ。しかし、まああなたが大学に行くのなら、バンド活動なんてこの先必要ないわよね。それなら、演奏の許可も必要ないわよね」
苺佳「そ、それは……」
英恵「今のあなたに必要なのは、勉強時間よ。もうバンドなんてダサいこと、やめてちょうだい。将来のこと考えたら、理由を言わなくてもわかるわよね」
苺佳「……」
   俯く苺佳。
   机の下に隠している手。
   弦を弾く動きをする。
英恵「無言はやめるように言っているわよね? 何か言いなさい」
苺佳「……私は」
   顔を上げる苺佳。
   決意の目で英恵を見る。
苺佳「私は、バンドを続けます。もちろん、大学入試の勉強とも平行します。ですから、どうかお許しくださいませんか。お願いします」
   頭を下げる苺佳。
   大きな溜め息を吐く英恵。
英恵「どの口が言っているのかしら。成績もあまりよくないあなたが、平行で勉強? 馬鹿をおっしゃい。いい加減、自分の進路のこと考えなさい。並大抵な気持ちでは大学合格など至難の業です。本気で試験に臨む他の人に失礼でしょう?」
   再び俯き、口籠る苺佳。
   唇を震わせ始める。
   呆れる英恵。
英恵「もういいでしょう? あなたももう子供じゃないのですから、お分かりでしょう? 私の言うことを、あなたはそのまま頷けばいいのです。祖母の私が絶対よ。つべこべ言わず従いなさい」
   机の下。右手で拳を握る苺佳。
   それを震わせながら、顔を上げる。
苺佳「お祖母様は、どうして私の生きがいを奪うのですか」
英恵「何を言っているのかしら。生きがい? そんなものは、知りません」
苺佳「私は、バンドに青春を注いでいるのです。お祖母様は、私の青春を奪うのですか?」
   机を両手で叩く英恵。
   英恵を、前髪の隙間から睨みつける苺佳。
英恵「家族とは言え、目上の人に刃向かうとは、何事ですか。そんな風に育てた覚えはありません。昔のように、素直で、もっと可愛げを持ちなさい。今のままでは、誰からも好かれないわよ」
   更に睨みをきかす苺佳。
   目には薄っすらと涙。
   英恵もまた苛立っている。
苺佳「お祖母様は、昔の私が好きだった、ということですね。分かりました。もう、お祖母様にお話しすることはございません」
   立ち上がる苺佳。
   襖の元まで歩く。
苺佳「夜分遅くにお時間を取っていただき、ありがとうございました。おやすみなさい」
   勢いよく襖を開閉し、部屋を出て行く苺佳。
   英恵は机を叩き、膝をついて立つ。
英恵「(叫び)待ちなさい、苺佳!!」
   遠ざかっていく足音。
   気力が抜け、その場に倒れ込む英恵。
英恵「(小声)苺佳……」
   襖が開く。
   野茂、目を丸くする。
野茂「母様、大丈夫ですか」
   英恵の耳元で声を張る野茂。
英恵「そう大声出さないで。苺佳に聞かれちゃうでしょう」
野茂「(心配顔)そうでしょうけど、今はそんなことを言っていられませんよね。今すぐ病院に――」
   英恵は手をゆっくり振る。
英恵「(遮って)いいのよ。今日はもう遅いから寝るわ。週明け朝一番に、病院へ連れて行ってちょうだい」
野茂「母様は、それで大丈夫なのですか?」
英恵「ええ」
   姿勢を変える英恵。
   それを介助する野茂。
野茂「分かりました」
   英恵はゆっくりと起き上がる。
   そして、野茂の顔に近づけて話す。
英恵「日高、このことは、苺佳にだけは内密にしてもらえるかしら。余計な心配をかけたくないの。分かるでしょう?」
   唇にクッと力を入れる野茂。
野茂「分かりました。純黎にもそう口煩く言っておきます」
英恵「ええ。よろしく頼むわね」
   軽く微笑む英恵。
   頷く野茂。
野茂「布団、敷きますね」

○同・廊下(夜)
   大きな足音で歩く苺佳。
   ギターケースを前に抱いている状態。
   台所から顔を覗かせる純黎。
純黎「苺佳、お夕食の準備ができているわよ。早く食べなさい」
   純黎の前を通り過ぎる苺佳。
苺佳「いりません。おやすみなさい」
   早歩きになる苺佳。
   純黎は溜め息を吐く。

○同・苺佳の部屋(夜)
   真っ暗な部屋に灯る電気。
   ケースを定位置に戻す苺佳。
   畳の上。仰向けに寝転ぶ。
   目には大量の涙。
苺佳「私の青春を否定しないでよ」
   (フラッシュ)
英恵「苺佳のことを、お祖母ちゃんが一番に応援してあげるからね。好きなことをしていいのよ」
   頬を伝う涙。
苺佳「もう、お祖母様のことなんて知らない。私は私の道を生きるって決めたの。だから、だから……、(口元に涙がこぼれる)これでよかったのよ」

○同・外観(朝)(曇り)
   野茂が運転する車が車庫を出て行く。
   後部座席にはラフな装いの英恵。

○同・台所
   洗い物をしている苺佳。
   エプロンを付けている。
   テーブルの上。白米とおかずが詰められた弁当箱。
   近づいてくる足音。
   苺佳は蛇口を止め、タオルで手を拭う。
純黎「おはよう、苺佳」
   苺佳、サッと頭を下げる。
苺佳「おはようございます」
   台所に足を踏み入れる純黎。
純黎「あら苺佳、お弁当自分で作ったの? 偉いじゃない」
苺佳「たまには、料理をしないと腕がなまるので」
   エプロンを外す苺佳。
   弁当箱の中身を見る純黎。
純黎「あら、とっても美味しそう」
苺佳「ありがとうございます」
   弁当箱の蓋を手に取る苺佳。
純黎「相変わらずの腕前ね。お義母様に似て。うふふ」
   手を止め、鋭い視線を純黎に向ける。
苺佳「いいえ、違います。これは私の努力により成り立っているのです。私の腕前には、お祖母様は関係ありません」
   怒りを隠し、蓋を閉めていく。
   純黎は苺佳の肩に手を置き、話しかける。
純黎「お義母様から聞いたわよ。苺佳の気持ちもよく分かるわ。私も且てはそうだったから」
   苺佳の目を見る純黎。
   苺佳は目を丸くさせている。
純黎「でもね、苺佳、この家に生まれた運命というものも、あなたは同時に背負っているの。それは分かっているわよね」
苺佳「それは、分かっているつもりです。ですが、バンドは私1人ではできません。皐月と天ちゃんとファンの人達がいるからできているの。だから、そう簡単に大切な人達を裏切りたくないの。ごめんなさい」
   弁当箱と袋を手に台所を出る苺佳。
   早歩きで廊下を歩いていく。
   その背中を静かに見つめる純黎。

○通学路(朝)(曇り)
   リュックを前に、ギターケースを背中に背負う苺佳。
   傘を左手に持っている。
   後ろから駆けてくる2人の足音。
関本(声)「いっちゃ~ん!」
   振り返る苺佳。
   皐月と関本が手を振りながら近づいてくる。
苺佳「おはよう」
皐月「今日は1人で学校行くなんて言うから、びっくりしたけど、いつもとあんま変わらない時間の登校じゃん」
苺佳「あー、うん。色々家でやっていたら、いつもの時間になっていたから。ははっ」
皐月「色々って、何やってたのよ?」
   苺佳の顔に自分の顔を近づける皐月。
   苺佳は視線を外に向け、誤魔化す。
苺佳「お弁当、一から作っていたの」
皐月「えっ、お母さんじゃなくて?」
苺佳「うん。まあ色々あって。今日は私が」
関本「もしかして、喧嘩したとか!?」
   苺佳を指しながら言う関本。
   皐月は関本に鋭い眼差しを向ける。
皐月「天龍、ストレートに聞きすぎ!」
関本「だって……。でも、さっちゃんも気になってたから、こうして俺を誘ったんでしょ?」
   立ち止まる皐月。
苺佳「皐月……?」
皐月「そうだよ。苺佳、私がどれだけ心配したか分かる?」
   息を呑む苺佳。
   肩を小刻みに震わせる皐月。
皐月「今まで、1人で学校に行くなんて、言ったことなかったから、何があったんだろうって、ずっと心配だったんだから」
   皐月の顔を見る苺佳。
   そのまま肩に手を置く。
苺佳「ごめんね、皐月。また明日からは、一緒に登校しよう。私も、やっぱり隣に皐月がいないと寂しいから」
皐月「苺佳~!!」
   両手を広げ、苺佳に抱き着く皐月。
   互いのリュックが潰れる。
   苺佳の頬に皐月の頬が擦れる。
苺佳「くすぐったいな。えへへ」
皐月「私も寂しかった! 天龍じゃ苺佳ほどの相手にならん! 満足できない!」
関本「はあ!? 誘ってきたのさっちゃんのほうじゃん! 俺は満足できたのに!」
   唇を尖らせ、鼻息を荒くする関本。
   その様子を笑う皐月。
   苺佳とずっとハグし続ける。
   2人を指す関本。
関本「ずるいぞ! 俺も混ぜろ!」
苺佳と皐月「嫌だよ~だ!」
   笑い合う3人。
   頬を軽く赤らめる苺佳。
苺佳M「私って、やっぱり1人じゃない。みんながいる」

○竹若高校・2年2組教室(朝)
   窓に背を向けて立つ苺佳。
   その左隣、壁に凭れている皐月。
皐月「ねえ苺佳、今度のツアーは応募できそう?」
苺佳「ううん」
皐月「いつまで束縛みたいなやつ続くの?」
苺佳「分からない。でも多分、大声出しては言えないけれど、お祖母様が亡くならない限りは無理かな」
皐月「そっか」
   首を伸ばし、天井を見つめる皐月。
苺佳「両親は私の推し活を否定していないから、行ってもいいよ、とは言ってくれると思うけどね」
皐月「色々と面倒そうだね。苺佳の家も」
苺佳「そういう皐月は、応募するの?」
皐月「うん、そのつもり」
   苺佳は目を細めて皐月を見る。
苺佳「そっか。いいなあ。羨ましい」
皐月「高校卒業したらさ、一緒にコンサート行こうよ。だって苺佳、家継がないんでしょ?」
苺佳「そのつもりだったけれど、ちょっと予定が変わりそうで……」
   後方ドアから入ってくる雄馬。
   手を軽く挙げ、苺佳と皐月に近づく。
雄馬「おはよう!」
皐月「おはよ~」
   欠伸をする皐月。
   苺佳は胸元で軽く手を挙げる。
苺佳「おはよう……」
雄馬「おはよう、苺佳」
   フッと微笑みかける。
   苺佳は軽く視線を逸らす。
雄馬「土曜日はライブ誘ってくれて、ホンマにありがと。マジで楽しかった」
皐月「全然。こっちもクラスメイトが1人いるってだけで、心持ちが全然違ったから、楽しかった」
雄馬「なら良かった。苺佳もありがとね。苺佳の歌声と演奏技術に痺れちゃったよ」
苺佳「……うん。良かった」
雄馬「……?」
   予鈴が鳴る。
   足早に着席する苺佳。
   雄馬と皐月は首を傾げる。
   そして目線を合わせる。
   着席し、短く息を吐く苺佳。

○同・体育館中(曇り)
   授業終了を告げるチャイム。
   散らばっていく2年生徒たち。
   1人、俯きながら歩く苺佳。
   駆け寄ろうとする皐月。
   それに気付く雄馬。
   走り、皐月の肩をトントンと触る。
雄馬「柏木さん、少しいい?」
   止まり、振り返る皐月。
皐月「おぉ、びっくりした。どうしたの? 雄馬君」
   手招きする雄馬。
   出て行く生徒とは逆方向に歩く皐月。
   出入口から出て行く苺佳。
   その背中を見送ってから口を開く雄馬。
雄馬「今日の苺佳、何か元気なくない?」
皐月「やっぱ雄馬君もそう思う?」
雄馬「やっぱ、って?」
皐月「実はね、土曜の夜中に、『月曜日、学校1人で行くから、待ち合わせはなしでお願い』って、苺佳から連絡がきてさ」
雄馬「うん」
皐月「分かった、ってその時は特に何も考えずに返信したんだけど、それから既読無視されちゃって」
   スッと視線を床に向ける皐月。
   雄馬は頭を掻く。
皐月「その様子だと、雄馬君のところには何の連絡もなかった、って感じだね」
   小さく頷く雄馬。
   皐月は小さく溜め息を吐く。
皐月「だよね。土曜の夜だからさ、ライブのことで何かあったのかなって思ったんだけど、でも、私も天龍も理由が分からないんだよね。だからさ、雄馬君から聞き出してくれないかな。お願い!」
   両手を合わせ、頭を軽く下げる苺佳。
   雄馬は大きく頷く。
雄馬「分かった。とりあえず探ってみる」
皐月「ありがとう。お願いね。じゃ」
   走って体育館を去る皐月。
雄馬「引き留めてごめん!」
皐月「別にいいよー!」
   グーサインをして、体育館を出る。
   雄馬はほくそ笑む。

○同・廊下(小雨)
   教科書やペンケースを手に歩いているクラスメイトたち。
   その中を1人で歩く苺佳。
   雄馬は間をすり抜け、苺佳に接近。
雄馬「苺佳」
   身体をビクンと跳ねさせる苺佳。
   そのあと、雄馬の顔を見つめる。
苺佳「なんだ、雄馬か」
雄馬「苺佳、なんか今日元気ないね」
   一瞬動きを止める苺佳。
   そのあと、引き攣った笑みを浮かべる。
苺佳「そんなことないよ。私は至って普通。元気だよ?」
   歩き始める苺佳。
   その後を追い始める雄馬。
雄馬「そうやって、空元気を見せるの、あんまよくないと思うんだけど」
苺佳「へ……」
雄馬「単なる俺の勘違いだったらごめんなんだけどさ」
   雄馬は真剣な眼差しで苺佳を見る。
雄馬「1曲目の途中、何か苺佳の中で辛い出来事があったんじゃないのか」
苺佳「……!」
雄馬「ある時点から、苺佳の瞳から光が消えたから、もしかしたらって思ってんけど……、違うか?」
   俯く苺佳。
   そのまま頭を上げないでいる。
   身振り手振り、取り繕う雄馬。
雄馬「あ、悪い。そんな訳ないよな。ごめんごめん」
   戸惑い、頭を掻く雄馬。
   苺佳は俯いたまま呟く。
苺佳「そんな訳……、ある」
雄馬「えっ……?」
苺佳「雄馬の言う通りだよ。(顔を上げる)実はね、お祖母様とお父様が私たちのライブを勝手に見に来ていたの。でもね、途中で帰っちゃった」
雄馬「え、帰った……?」
苺佳「それでね、家に帰ったら、お祖母様に呼ばれて。バンド活動なんて恥ずかしいからやめなさい、とか、今必要なのは勉強時間、とか……、色々けちょんけちょんに言われちゃってね。流石に参っちゃって……」
   窓の外を眺める苺佳。
雄馬「そうだったんだ」
苺佳「でもね、それ以上に許せないことがあったの」
雄馬「……?」
苺佳「お祖母様が、雄馬のことを馬鹿にしたような言い方をしたことなの」
   震え始める苺佳の唇。
雄馬「もしかして……!」
苺佳「雄馬、私の家に来て、お祖母様に楽器の演奏を許してあげて欲しい、って直談判してくれたのよね」
   涙目で雄馬のことを見る苺佳。
雄馬「やっぱり……。ごめん、俺が勝手に苺佳のためにって思って行動しちまったから……。悪かった」
   潔く、深く頭を下げる雄馬。
   苺佳は小さく左右に首を振る。
苺佳「雄馬が謝る必要はないの。そうやって言ってくれたことが、とても嬉しかったから」
雄馬「でも、結局は苺佳に迷惑かけてんじゃん。俺、男として失格だよな……。本当にすまなかった」
   もう一度頭を下げる雄馬。
苺佳「だから、謝らないでいいよ。私も悪いから。失格だよね、私は私で。だって、初めて見に来たお客さんに心配されちゃったから」
   寂しそうな目をしている苺佳。
   頭を上げ、雄馬は苺佳のことを見つめる。
雄馬「確かに、俺はあのとき、初めてDRAGON15のライブを見た、ただの客だ。でも、苺佳の些細な変化に気付けたのは、多分、苺佳のことを誰よりも知る俺だったからだと思う」
苺佳「はっ……!」
   頬と耳を赤く染めていく苺佳。
   雄馬は苺佳に近づき、左手で頭を撫でる。
   目を細め、擽りに堪える苺佳。
雄馬「苺佳が今、辛い気持ちに苛まれているってことは分かった。その気持ち、俺がどうにかぶっ飛ばしてやる。だから、もう落ち込むな。俺は、いつだって苺佳の見方だ。絶対に敵にだけはならない。だから、そのことを、苺佳も覚えといてや。な?」
苺佳「雄馬……」
   授業開始を告げるチャイム。
   廊下を走り始める生徒たち。
雄馬「苺佳、俺らも早く行くで」
   左手で苺佳の腕を掴み、強引に走る。
   ペンケースと教科書を両手で抱え、雄馬に付いていく苺佳。

○化学室(小雨)
   生物の授業を受けている苺佳たち。
   苺佳は、まだ心ここにあらずの状態。
   それを心配そうに見つめる雄馬と皐月。
苺佳N「それからというもの、私は例の出来事に関して、いつまでも落ち込み続けた。お祖母様に刃向かったことは後悔していない……、と言いたいところだったけれど、頭も心も未熟な私は、これは正しいことで、後悔なんてしないように、と脳に、心に、何度も言い聞かせてきた、そんなある日……」

○同・2年2組教室(夕)
   手すりに手を置く苺佳。
   空を眺めている。
   その背後から話しかける雄馬。
雄馬「苺佳、気分転換も兼ねてさ、一緒に出掛けないか?」
苺佳「どこに?」
雄馬「ほら、俺が引っ越す前、毎年2人で行ってただろ? たけいち夜祭。久しぶりにさ、2人きりで行こう」
苺佳「(小声)2人きり……!」
雄馬「苺佳と浴衣着てデートしたいねん。ええやろ?」
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