初恋相手が優しいまんまで、私を迎えに来てくれました。

第6章

○野茂家・苺佳の部屋
   課題を行っている苺佳。
   箪笥の上に置かれている手紙。
   表には雄馬へと丸文字で書かれている。
苺佳N「夜祭のあとは、期末テストやら、進路希望調査における面接やらで、デートには行けない毎日を過ごし、そのまま夏休みに突入。8月になった今でも、まだ1度も会えていない」
   壁掛けカレンダー。
   8月2日にハートマーク。
   スマホの画面が光る。
   8月2日13:00の表示。
   画面の下。雄馬からのメッセージ。
雄馬(声)「今日会えないかも」
   慌ててトーク画面を開く苺佳。
雄馬(声)「先輩からシフト変わって欲しいって連絡が来て。夜までバイト。この埋め合わせは今度必ずするから、本当にごめん」
   追加で送られるスタンプ。
   平謝りするトラのデザイン。
   苺佳はメッセージを打っていく。
苺佳「急がなくて大丈夫だよ。雄馬のバイトのシフトに合わせるから。バイト頑張ってね」
   送信を押す。すぐに既読が付く。
雄馬(声)「ありがと。頑張ってくる」
   再び送られてくるスタンプ。
   同じトラが叫んでいるデザイン。
   画面を消し、再び課題に取り掛かる苺佳。
苺佳N「会えない間に、雄馬は将来のためといってバイトを始めた。私はその邪魔をしないようにしていた。ただ、こんなにも会えない日々が続くなんて……」
    ×    ×    ×
   苺佳のスマホの画面。
   8月10日9:20の下。
   雄馬からのメッセージ。
雄馬(声)「今朝から体調があんまよくなくて、苺佳に移しても悪いから、ごめん」
   トーク画面でのやり取り。
苺佳(声)「えっ、大丈夫? 看病しに行こうか?」
雄馬(声)「そこまでじゃないから大丈夫」
苺佳(声)「そっか。もし酷くなったら連絡してね。駆け付けるから」
雄馬(声)「ありがとう」

○雄馬の家・中
   髪を整えている雄馬。
   バイブレーションするスマホ。
   雄馬のスマホの画面。
   8月19日11:45の下。
   苺佳からのメッセージ。
苺佳(声)「ごめん、今日会いたかったけれど、店番頼まれちゃって、出かけられない。待ち合わせギリギリの連絡になって、本当にごめん。必ず埋め合わせします」
雄馬(声)「大丈夫。気にすんな。とりあえず店番のことだけ考えてろ。夏休み明けにだって会えるんだからよ」
苺佳(声)「本当にごめんね。雄馬も、明日からバイト頑張って」
雄馬(声)「サンキュ」

○野茂家・苺佳の部屋(夜)
   リュックに教科書を詰めていく苺佳。
   箪笥の上に置かれている手紙。
   壁掛けのカレンダー。
   9月に切り替わっている。
苺佳N「結局、雄馬には一度も会えないまま、夏休みが終わっていった。埋め合わせをしなければならない回数は、計4回。今年中にはデートに行けたらいいけど」
   溜め息を吐く苺佳。
   写真立てを見つめ、微笑む。

○竹若高校・外観
   銀杏の木が風で揺れている。
   飛んでいく銀杏の葉。
   アスファルトの上。銀杏の葉で絨毯ができている。

○同・2年2組教室(夕)
   長袖の制服を着ている生徒たち。
   ロッカーに背を預けて立つ黒川。
   苺佳は右隣の皐月と親しく話している。
   雄馬は頬杖をつき、外の景色を眺めている。
苺佳N「暑くて長かった夏にも、ようやく終わりが見えてきた9月下旬。翌日に埋め合わせの1回目を控えているという中、11月に開かれる文化祭の、私たち2年2組の出し物が決まった」
   黒板にチョークで正の字を書いていく小鳥。
小鳥「集計終わったよ、伊達君」
伊達「了解」
   振り返り、クラス全体を見つめる伊達。
伊達「多数決により、女装男装喫茶となりました」
   生徒数人が拍手する。
   溜め息を吐く生徒数人。
薮内「ガチで決まりやがった」
羽七「でも楽しそうじゃん。私はイケメンになれるビジョンしか見えない」
薮内「じゃあ俺は一番の美女を目指す」
羽七「薮内には無理。受け狙いにしなよ」
   羽七と薮内が豪快に笑う。
   その中、いきなり席を立つ真玲。
   クラスメイトの視線が真玲に注がれる。
真玲「そうよ。一番は絶対に雄君よ! あんたみたいなダサい男が美女になれるわけないでしょ! 何勘違いしてんの」
   生徒数人の表情が引きつっていく。
   早い瞬きを繰り返す苺佳。
   雄馬は呑気に欠伸をする。
薮内「そうだったとしても、言い方酷過ぎだろ!」
真玲「自分のルックスによっぽどの自信があるのね。雄君を見習えばいいのに」
   見下す目を薮内に向ける真玲。
   薮内は舌打ちする。
伊達「まあ落ち着いて。一旦そのイケメンだ、美女だ、の話は置いておいて。次は喫茶店で何を提供するかの話だけど」
   伊達の後ろ。挙手する小鳥。
   真玲は舌打ちして、席に座る。
小鳥「それなら、私に提案があるんだけど、いい?」
伊達「聞かせて」
   小鳥は全員に目を合わせる。
   真玲は小鳥までもを睨む。
小鳥「一から料理を作ると、時間も手間もかかるし、混雑時にスムーズに動けない可能性もあると思う。だから、既製品を組み合わせて提供すればいいのかなって思うんだけど、どう?」
薮内「それいいな。俺は全く料理できないから賛成」
羽七「確かに、小鳥ちゃんの言う通り」
伊達「他の皆はどう? これ以外の案がある人、いる?」
   首を横に振る生徒たち。
伊達「それじゃあ小鳥さんの意見に賛成ということで」
   授業終了を告げるチャイム。
   黒川が前方へ歩いていく。
黒川「よーし、今日のところは終了やな。とりあえず、女装男装喫茶で委員会に意見通してこい」
伊達「分かりました」
黒川「じゃあ、掃除、掃除」
   椅子から腰を上げる生徒たち。

○パソコン室(夕)
   箒を持ち、掃除中の皐月と雄馬。
皐月「雄馬君、女装するの大丈夫?」
雄馬「いやあ。ビミョーだわ」
   雄馬は苦笑いを浮かべる。
皐月「そうだよね。私バンドでロックな服は着るけど、男装にはちょっと抵抗があるんだよね」
雄馬「てかさ、1票の差で決まるとか、残酷だよな。俺、喫茶店より景品釣りのほうがよっぽど楽しいと思うねんけど」
皐月「そうだよね。全部アタリって気前いいから人気でると思うよね」
雄馬「せやねんな。なんやねん、ホンマ。お笑い目当てなんやったら、マジで腹立つ」
   箒に力を込める雄馬。
   皐月は同情の頷き。

○廊下(夕)
   廊下を掃除中の苺佳と慧聖。
   慧聖は黙々と箒でごみを集める。
   苺佳は塵取りを手に、慧聖に近づく。
苺佳「戸崎ちゃんは、喫茶と釣りのどっちに票入れたの?」
   塵取りを床に置く苺佳。
   少し目を見開く慧聖。
慧聖「私は、喫茶のほうに」
苺佳「へー、意外」
慧聖「意外、かな?」
苺佳「うん。戸崎ちゃんは釣りに入れるかと思っていたから」
   箒を動かす手を止める慧聖。
   慧聖の顔を見つめる苺佳。
慧聖「本当なら、私も釣りが良かったよ。でも、ある人に命令されたから、背くわけにはいかなくて」
苺佳「もしかして、内田さん?」
   小さく頷く慧聖。
   箒を持つ手が震えている。
苺佳「そっか」
慧聖「私は男装するのが恥ずかしいから、案が通ったら調理の担当になりたいんだけど、傍に置かれそうだから……」
   唇を震わせる慧聖。
   苺佳は立ち上がる。
苺佳「それなら、私が代わってあげるよ。私も最初は調理を選ぼうと思っていたの。でも、恥ずかしい気持ちを押し殺す必要はないと思うから」
慧聖「本当に? 代わってくれるの?」
苺佳「うん。それに、多分雄馬もなんやかんやで女装選ぶだろうから。近くにいたいし」
   ニコッとする苺佳。
   慧聖は表情を暗くする。
慧聖「一緒の担当だったらいいね」
苺佳「えっと……、どういうこと?」
   首を傾げる苺佳。
   その刹那、慧聖は表情を明るくする。
慧聖「ううん。何でもない。あっ、今日ゴミ集めないとだね」
   再び手を動かし始める慧聖。
   苺佳には目線を合わせない。
苺佳「あ、うん。そうだね」

○竹若高校・2年2組教室(雨)
   着席している生徒たち。
   黒板前に立つ伊達と小鳥。
小鳥「伊達君、空きが女装しかないけど、いい?」
伊達「ああ。学級委員としてクラスの士気を上げる役目もあるから」
小鳥「分かった。じゃあ、名前書くね」
伊達「ありがとう」
   黒板。喫茶店担当一覧の文字。
   女装のところに並ぶ男子の名前。
   加藤と書かれてある。
   小鳥はそこに伊達と追記する。
薮内「伊達も女装か。どっちがより女に近づけるか勝負だな」
伊達「ハハハ。そうだな」
   不貞腐れている雄馬。
   男装のところに並ぶ女子の名前。
   真玲と慧政と書かれてある。
苺佳M「やっぱり。私が男装するしかなさそうだな」
   調理担当のところに並ぶ名前。
   苺佳と書かれてある。
伊達「それでは、担当は黒板にある通りで――」
苺佳「(かぶせ気味に)少し、いいですか」
   手を挙げる苺佳。
   生徒たちの視線が苺佳に注がれる。
   雄馬も驚きの表情。
伊達「野茂さん、どうした?」
苺佳「あの、私と戸崎ちゃんの担当を変更することって可能ですか?」
伊達「え」
   腰を上げる真玲。
   机を両手で叩く。
   そして苺佳に鋭い視線を向ける。
真玲「は!? 担当の変更が許されてるわけないじゃん! 事前に決めて、それで決まったんだから、誰も変更なんて望んでないでしょ! (慧聖を見て)ね、慧聖?」
慧聖「……」
   俯く慧聖。
   真玲は慧聖を見続ける。
苺佳「戸崎ちゃんは、私よりも料理上手だということを、知っています。私は普段バンド活動する中で男装っぽいこともするので、抵抗もありません。ですから担当を変えようと思った次第です」
   震える手を腰の辺りで組む苺佳。
   その様子を見守る雄馬。
   苺佳に視線を向けて、心の声で伝える。
雄馬M「苺佳、やっぱり優しいな」
   腕を組み、頷く伊達。
伊達「なるほどな。(戸崎に視線を向ける)因みに、戸崎さんは男装と料理ならどちらがいい?」
   猫背気味に腰を上げる慧聖。
   顔を上げ、伊達のことを見る。
   腕が少し震えている。
慧聖「私は、男装は恥ずかしいので、料理担当がいいです」
   真玲は大きな舌打ち。
   慧聖に鋭い眼差しを向ける。
真玲「慧聖、言ったよね? 私と一緒に行動しようって。そうやってまた裏切るつもり?」
   さらに慧聖は首を下に落とす。
   苺佳は唇を震わせる。
   雄馬は苺佳のことを見つめている。
伊達「内田さん、流石に、今の発言は我儘だよ。それに、役割の変更は自由だって最初に話したよね? 戸崎さんは男装が恥ずかしいと言っているし、野茂さんは男装に抵抗がないと言っている。だから、2人の意見を尊重すべきなんじゃないかな」
   頷く生徒たち。
   真玲を冷ややかな目で見る生徒数人。
   薮内は挙手して、伊達に目線を向ける。
薮内「俺は、役割変更に問題ないと思う。正直、軽い気持ちで男装女装喫茶選んだ俺らも悪いし」
羽七「そうそう。得意な役割を担当したほうがいいよ」
   羽七は苺佳に視線を向け、ニコッとする。
苺佳「みんな……」
   舌打ちする真玲。
   そのまま勢いよく着席する。
   足を組み、揺らし始める。
   まだ真玲に怯える慧聖。
伊達「それじゃあ、皆に確認だけど、野茂さんと戸崎さんの役割変更に意義がある人、いる?」
   真玲以外の生徒が首を横に振る。
   ただ腕を組み、見ているだけの黒川。
伊達「分かった。それじゃあ、変更ということで」
生徒たち「はーい」
苺佳「伊達君、みんな、ありがとう」
   頭を下げる苺佳。
   遅れて慧聖も礼をする。
   生徒たちは声をかけたり、拍手したりする。
伊達「他の皆は、自分の役割を変えたいとかあるか?」
   首を横に振る生徒たち。
   伊達は小鳥に目配せする。
   授業終了を告げるチャイムが鳴る。
黒川「だんだん方向性決まってきたな。こうなったら、学校イチの売り上げ叩き出すで~!」
生徒たち「はい!」
薮内「やるぞ!!」
   意気込み、立ち上がる薮内。
   生徒たちも口々に喋り、答える。
   黒川は手を2回叩く。
黒川「ほれ、掃除や掃除。今日は金曜日、もうちょい頑張っていくで~」
   陽気な動きをする黒川。
   生徒たちも笑顔で返事する。
生徒たち「はい!」

○同・廊下(夕)
   掃除中の苺佳と慧聖。
   手際よく箒でごみを集める苺佳。
   手を止め、苺佳のことばかり見ている慧聖。
苺佳「どうしたの、戸崎ちゃん」
慧聖「苺佳ちゃん、さっきはありがとう。担当代わってもらえて、嬉しかったし、助かった」
   頭を下げる慧聖。
   苺佳は首を横に振って微笑む。
苺佳「気にしないで。やっぱり、内田さん怒っていたね。あそこまでとは思わなかったけれど」
   苦笑いを浮かべる苺佳。
   慧聖は表情を暗くする。
慧聖「うん。真玲ちゃん、私と行動が一緒じゃないと嫌みたいだから……」
苺佳「まるで子供みたいだね。まあそういう子、中学の頃にもいたけど」
慧聖「そうだね……」
苺佳「何はともあれ、役割変更できてよかった。料理、頑張ってね」
慧聖「うん。ありがとう」

○同・音楽室(夕)
   壁に背を預け、座っている皐月。
   作詞ノートと睨めっこしている。
   その隣に座り、皐月の横顔を見る苺佳。
苺佳「ねえ、皐月」
皐月「ん、何?」
苺佳「皐月は、いつまでバンドを続けたいとか、そういうことって考えたりしているの?」
   皐月、ノートを閉じる。
   そして、まっすぐ前を見続ける。
皐月「唐突だなぁ、ハハハ。うーん、そうだなぁ」
   考え込む皐月。
   苺佳は唇に力を入れる。
皐月「理想を言えば、死ぬまで3人で楽器弾いていたい。でも、現実を考えれば、仕事に就いたりしたら時間合わないだろうから、よくても大学生までかなって。デビューしたらまた話は別だろうけれど」
苺佳「皐月は、このバンドでデビューしたいって思ったことは、ある?」
皐月「まあね」
   苺佳に視線を向ける皐月。
   一方、苺佳は暗い表情で下を向く。
皐月「でも今は、ただ青春を楽しめたらそれでいいかなっていう感じだけど……、ねえ苺佳、何かあった?」
   涙目になっている苺佳。
   皐月の肩に頭を預ける。
苺佳「まだ天ちゃんには内緒にしていて欲しいのだけれど、いい?」
   苺佳は皐月に視線を送る。
   視線が合う。小さく頷く皐月。
   皐月は心配そうに苺佳のことを見る。
苺佳「実はね――」

○野茂家・英恵の部屋(夜)
   着物姿の英恵。
   座布団の上に正座している。
   机の上には英恵の湯呑。
   閉められている襖。
   近づいてくる足音。
   英恵はお茶を啜る。
   足音が止まる。
苺佳(声)「苺佳です。お祖母様、入ってもよろしいでしょうか」
英恵「ええ。どうぞ」
苺佳(声)「失礼します」
   襖を開ける苺佳。
   正座している状態で礼をする。
英恵「話って、何かしら」
苺佳「もう一度、バンドのことについて、お祖母様にお話ししたいことがあります」
英恵「やめることを決意したのかしら」
苺佳「いえ、違います」
   首を横に強く降る苺佳。
英恵「じゃあ、何の用事で来たの?」
苺佳「社会人になるまで、バンドを続けさせてください。よろしくお願いします」
   頭を下げる苺佳。
   英恵は鼻で笑い、あしらう。
英恵「諦めが悪い子ね。大学にも行くと言っておいて、バンドを続けたいだなんて。勉強が疎かになったらどうするつもりなの」
苺佳「分かっております。ですが、バンドは、私1人では成り立ちません。皐月、天龍という2人の仲間、そして、ファンの人達がいるからこそ、成り立っているのです。お祖母様に言われたからと言って、そう簡単に夢を諦めることはできません。ですから、どうか、私のお願いを聞いていただけませんでしょうか。よろしくお願いします」
   土下座する苺佳。
   英恵はお茶を啜る。
   湯呑を置く。そして息を吐く。
英恵「分かりました。ただ、バンドを続けるにあたっては、私から条件があります」
苺佳「どんな条件でしょうか」
英恵「このお店を立て直すこと、よ」
   顔を上げる苺佳。
   英恵の冷徹な視線。
   苺佳は視線を下に逸らす。
苺佳「それは勿論のことです。私は必ず着物屋野茂を――」
英恵「(遮って)生半可な気持ちで臨まれては困ります。分かっていると思うけれど、着物屋野茂の昨年度の売り上げは、過去最低なの。立て直すのなら、本気で試練に立ち向かいなさい。いいわね」
苺佳「はい。全力で、懸命に、この試練に立ち向かいます。私は、お祖母様の孫です。負けませんから」
英恵「はっ……」
   (フラッシュ)
野茂(声)「僕は母様に似て、負けず嫌いですから」
   英恵、軽く微笑む。
   苺佳は力強い眼差しを向けている。
英恵「そろそろお風呂の時間ね。話が終わったのなら、さっさと自分の部屋に戻りなさい」
苺佳「お時間を取っていただき、ありがとうございました。おやすみなさい」
英恵「おやすみなさい」

○同・廊下(夜)
   野茂とすれ違う苺佳。
   苺佳、晴れやかな表情。
   立ち止まり、視線を向ける。
苺佳「おやすみなさい、お父様」
   頭を下げる苺佳。
野茂「ああ、おやすみ」

○同・英恵の部屋(夜)
   閉められている襖。
野茂(声)「母様、入ってよろしいでしょうか」
英恵「ええ」
   襖を開ける野茂。
   正座した状態で、立っている英恵に視線を向ける。
野茂「話は、終わりましたか」
   窓の障子を閉める英恵。
   野茂に視線を合わせようとしない。
英恵「本当に、諦めの悪い子ね。誰に似たのだか」
野茂「ふふっ。そうですね。きっと苺佳は、有言実行してくれますよ。だから、信じましょう、母様」
英恵「そうね。苺佳にあたってばかりでは駄目ね。私もそろそろ柔らかくならないと。一生恨まれそうだから」
野茂「……そうですね」

○同・苺佳の部屋(夜)
   布団の上。
   うつ伏せになっている苺佳。
   手にはスマホ。
   その画面。皐月とのトーク画面。
   皐月から送られてくるメッセージ。
皐月(声)「話、できた?」
   返信しようと手を動かす苺佳。
苺佳(声)「できたよ。活動の許しももらえた」
皐月(声)「よかった! これで安心してバンド活動続けられるね!」
苺佳(声)「うん。皐月、私に勇希をくれてありがとう。来週からも、よろしくね」
皐月(声)「任せて。私は苺佳の親友だし、バンド仲間だし、推し活仲間でもある。全部ひっくるめて、苺佳の見方だから」
   瞳から涙を溢す苺佳。
   トーク画面。皐月の顔写真が送られてくる。
   それを見て、微笑む苺佳。
苺佳(声)「ありがとう、皐月」
   スマホの画面が暗くなる。
   苺佳は起き上がる。
   そして、ギターケースに視線を向ける。
苺佳「雄馬のために、皐月と天ちゃんのために、みんなのために、もう少しだけ、頑張ろう」
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