それは麻薬のような愛だった
自身の親への報告の後、1週間の入院を終えた雫を迎えに行き、共に伊澄の暮らす一人暮らしの自宅へ帰ってきた。そこでは予想通りの修羅場が広げられ、伊澄は母に頭を抑えられ床に頭を付けていた。
「うちの馬鹿息子がすみません!」
穏やかな性格の雫の両親はその勢いに気圧され、互いに顔を見合わせ「顔を上げてください」と続けた。
雫は全てを話さないと決めたらしく、交際後間も無くして妊娠したと親に告げた。
雫の両親は結婚より先に妊娠した事に驚きはしたが幼い頃から伊澄の事を知っている事、何より昔から雫がずっと伊澄を好いていた事を知っているから責めるつもりはないと返された。
「伊澄くん」
名前を呼ばれ顔を上げれば、顔立ちが雫とよく似た優しげな雰囲気を纏う雫の母が伊澄を真っ直ぐに見据えていた。
「雫と赤ちゃんの事…大切にしてくれる?」
雫の母にそう聞かれ、伊澄は「はい」と力強く答えた。
「俺の一生をかけて、全身全霊で愛し抜きます」
何の澱みもなく言い切った伊澄の姿に溜飲の下がった雫の母は不安げだった表情を安心した表情に変え「よかったね」と雫の背中を優しく叩いた。
母の言葉に雫は涙を浮かべて笑い、そんな笑顔すらも愛おしく感じた。
そのまま両家合意の下婚姻届に記入し、念願叶って伊澄は雫との結婚を果たした。
しかし退院しても相変わらず体調の芳しくない雫が心配だった事もあり、そのままの勢いでひとまずは伊澄の暮らす家で一緒に住む事を決め、その日のうちに引越しの段取りまで決めた。
家の事は全て伊澄がするように。
そう最後に言い残して帰省していった母の言葉を貫き、伊澄はその後何ヶ月も仕事と家事の両立を続けた。けれどどんな忙しさの中でも、自宅に雫がいるというだけで伊澄の心は満たされた。
例え悪阻で動けず部屋が整えられていなくとも、雫の存在があれば全て些事だった。