それは麻薬のような愛だった

「おかえりなさい、いっちゃん」


極力負担のかかる動きは避ける事、その条件の下で一時は心配でたまらなかった切迫の心配も減り、雫の悪阻が少し落ち着いたのは妊娠6ヶ月を超えた頃だった。

その頃からようやく動けるようになり、伊澄の帰宅には起き上がって顔を見せられるようになっていた。


「ただいま。雫、起き上がってて平気なのか」


コートを脱ぐより鞄を置くよりまず雫に駆け寄り肩を抱く伊澄に、だいぶ顔色の良くなった雫が微笑みを返した。


「うん。今日は調子いいよ」

「飯は食えたのか」

「食べれたよ。長い間何も出来なくて本当にごめんね」

「何言ってんだ。あんなに辛そうにしてたお前に家事なんかさせるわけねえだろ」

「けど…せっかくいっちゃんと結婚できたのに…」

「雫」


名前を呼べば伏せられていた顔が上がり、眉を垂らしながら大きな瞳で見つめてくる。どうしてこうも健気なのか。そう思うと堪らなくなった。


「家事なんか数日しなくたってどうってことねえ。飯だって買ってくりゃなんとかなる。けどお前は違うだろ。どんなに辛かろうが腹の中でずっと休みなく子供育ててんだ。…悔しいが、それだけは俺は手伝えねえ」

「いっちゃん…」

「だから今は自分だけ労ってろ。俺がいるんだから、何も気にせずいりゃいい。こうやって雫が俺を待っててくれるだけで、十分嬉しいから」


紡いだ言葉は本心で、嘘偽りは無かった。けれど根が真面目な雫はどこか罪悪感を抱いてしまうのだろう。「ありがとう」と言いつつもその声色は引け目を感じているように聞こえた。



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