それは麻薬のような愛だった
「…残念。紬にママを取るなって嫉妬されちまったな」
「……」
逆なんじゃないかな、と未だぼんやりとする頭の片隅でそう思っていると、伊澄がゆっくりと立ち上がり再び紬を抱き抱えた。
少しばかりゆりかごのように揺れると紬は泣き止み、どこか幸せそうな顔で腕の中に収まっていた。
「雫、身体が辛くなければ少しロビーを散歩しないか」
伊澄からの提案に、雫は顔を上げ二つ返事で頷いた。
「うん、大丈夫。行ってみたい」
「なら良かった。もう少しで昼食だから、仮眠はその後にゆっくり取ればいい」
「いっちゃん…本当にありがとう」
雫の笑顔に伊澄も口元を綻ばせ、手を伸ばす。その手に支えられながらゆっくりと立ち、伊澄の隣に並んだ。
改めて、伊澄の隣に立てる喜びを噛み締めた。
これからの事に心配はある。まだまだ紬の睡眠は安定はしないし、アメリカ行きだって向こうでの生活は全く想像がつかない。
特に英語が苦手だったわけではないけれど、知らない土地での育児は大変だろう。
けれど、未来に不安は無い。
雫が伊澄の事を思うように、伊澄もまた、それ以上の愛情を返してくれる。かつて涙に濡れて苦しかった日々が嘘のように、幸せだ。
辛くて苦しくて、それでも好きでたまらない人と結ばれてたら幸せ。いつだったかの友人の言葉に雫は自信を持って返事ができる。
——いっちゃんを、好きになって良かった
温かな気持ちを胸に抱きながら、雫は愛しい伊澄と可愛い娘に、そっと身を寄せた。