それは麻薬のような愛だった
そこに愛がない事など百も承知だった。
それでも別に良いとさえ思った。伊澄がどう思っていようが彼の事が心から好きだったから。初めてを好きな人で散らせるなら本望だった。
けれど予想外だったのは、その後。
「明日の昼、また来い」
下半身に鈍い痛みを感じながらブラウスのボタンを留めていると、傍に腰掛けていた伊澄がそう言ってきた。
「…え…?」
「数学の課題やんだろ」
「……」
伊澄はこちらを見ない。課題のことなどすっかり頭から抜けていたし、この期に及んで何を言っているんだろうと不思議に思った。
けれど間も無くして流れてきた伊澄の視線に、雫は彼の言いたいことを察した。
「…分かった」
悲しくは無かった。例えどんな形でも好きな人といられる事は、すっかり伊澄を疎遠に感じてしまっていた雫にとっては嬉しいことでしかなかった。
あわよくば、このまま伊澄の彼女になれればなんて、馬鹿な期待を抱いてしまったのだ。
「じゃあ…また明日ね」
夏の昼は長い。けれどそろそろ帰らねば母に言い訳が立たなくなる。
そう思い立ち上がろうとしたのだが、思いの外脚に力が入らずよろけてしまった。
わっと短い声が漏れて伊澄に向かって倒れかかる。咄嗟に伊澄は支えてくれたが、未だ上半身に衣類を纏っていない彼の肌を直に感じてしまい、つい先程の行為を思い出してカッと熱が上がった。
「大丈夫かよ」
「あ、ありがとう…」
あまりの恥ずかしさに目が合わせられず、それを伏せたまま体から離れた。今度はしっかり床を踏み締め立ち上がる。
もう一度伊澄へと挨拶をし、羞恥と嬉しさで訳の分からなくなった気持ちを抑えながら、雫は伊澄の家を後にした。