それは麻薬のような愛だった
「というわけで、今度取引先の会社の人と交流会するんだけどさ、雫も来ない?」
突如にぱっと顔を晴れやかに崩し、明るい口調で誘いを持ちかける美波に雫は一瞬呆け、そして訝しげに目を細めた。
「いや…今の流れで何が"というわけ"なのか分からないし、合コンなんて行かないよ」
「違う違う、異業種交流会。頭のお硬い雫にも
何かしらのいいキッカケになるかもしれないよ?」
「私は別に彼氏に癒されたいとか思ってないから遠慮します」
丁重に断りを入れ雫もパソコンを閉じて立ち上がり、会議室を後にする。
間も無くして着いてきた美波が横に並ぶのを確認すると、雫は未だスマホを操作する彼女に声をかけた。
「でもさ、これだけ毎日残業に追われて忙しいのによくそんな時間作れたね。私は休みの日なんて布団から出るのも億劫だよ」
「いやあ、流石に今は無理だよ〜。でも来月にはやっと少し落ち着くでしょう?だから今から色々セッティングして、そんで人集め」
「なるほどね。…ま、陰ながら応援してるよ」
「うわ〜まじで参加する気ゼロだよこの人」
廊下を抜け、在籍する税務会計部の広いフロアの一角にある自席まで戻る。美波の席は対面の斜め向こう側で、入社以来この席で長い間交流を続けている。そのおかげで仲良くなったと言っても過言ではない。
ペーパーレス化の進んだ現代とはいえ、やはり紙媒体しか信用出来ないという顧客は幾つもあり、お陰でどの席も積み上がったファイルの山で埋もれている。
キーボードのタイピングの音と電卓を叩く音が響き渡る中、雫も再びパソコンを広げて必要ファイルをクリックする。
時刻は既に定時を回っている。が、今日のノルマは未だ達成はされていない。
終電までには終わればいいかと逆に悟りを開き置きっぱなしにしていたスマホを確認すれば、メッセージが届いていた。
[週末は会えるか]
差出人は伊澄だった。
「……」
会えるか会えないかで言えば、時間は作れない事は無い。ただ今はどうしても、その気にはなれなかった。
そうして自分の素直な気持ちに従って予定があると嘘のメッセージを送る。すぐに既読はついたがそれに続く何かが返される事は無い。
雫は少しの間それを眺め、その後ゆっくりと画面を下に伏せた。