それは麻薬のような愛だった

「じゃあその、結婚相手に求める条件は?」


話の流れの、ほんの好奇心。

美波は常々結婚をしたいと言っており、普通に楽しい恋愛をしてきた人達はどのような憧れを抱くのだろうと、そんなほんの些細な疑問の言葉だった。

問われた美波は「そうだなあ〜」と体を起こしながら言い、ノートパソコンをパタンと閉じる。


「やっぱり1番大事なのはお互いを尊重し合える人かな?相手の立場や心を大切に思う気持ちがあってこそ、夫婦で色んなことを乗り越えられると思うんだよね」

「…尊重…」

「理想の相手と結婚相手が違うってのはそういうこと。特に結婚なんてさ、理想が崩されることもあるし好きって気持ちだけじゃ成り立たない。ならどこかで割り切って、互いに尊敬して情愛を分かち合える人を選ぶ方が現実的だし、幸せでしょ」


美波はそう言い、プライベート用のスマホを軽く眺める。


「どんな思いであれ、どっちかだけの一方通行の気持ちなんて長くは続かないよ。疲れるし、苦しいだけだし」


思い当たる節しかない雫はただ黙って美波の言葉に耳を傾ける。そんな雫に対して特に気にした様子もなく、美波は手にしたスマホを操作しながら続けた。


「…まあでも、それでも好きでたまらないって人と同じ気持ちになれれば…それが一番幸せかなとは、思うけどね」


そんなのドラマの中だけの話だし、と美波は笑う。その笑顔に、雫は何とも言い得ぬ感情に襲われた。

夢見る乙女のようでいて、美波はとても現実的で理知的だ。現状に目を背け続けている自分なんかよりも遥かに。

間違いを犯し、心が壊れて尚それを選び続けるなんてこと、愚の骨頂も甚だしい。どうかしてしているとしか思えない。


けれどただひとつ言えるのは。

そんな当たり前の事すら分からなくなるくらい、理性など欠片も失われるくらい——かつての雫は、伊澄の事が、好きでたまらなかった。

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