運命の番は真実の愛の夢を見る



 ほどなく正式な婚約が結ばれた。
 貴族の結婚にまつわる手続きは煩雑で、取り決めることが多岐にわたる。二人は、その隙間を縫うように逢瀬を重ね、互いへの思いを深めた。
 ときにたくさんの花が咲き誇る庭園で。ときに昼下がりの光が満ちるテラスで。二人きりで語り合える時間は長くはなかったけれど、その分濃密に過ぎた。

 アルベルトは優しい。公爵家の嫡男だというのに偉ぶったところもなく、男爵家のリーゼを丁重に扱ってくれる。物腰も穏やかで、決して声を荒らげることはない。
 こんな素敵な男性だから、きっと過去には恋人の一人や二人いたのだろう。
 少し面白くない気持ちでリーゼが尋ねたときだけ、彼は表情を強張らせた。すぐに笑顔に戻って、そんなことないよと否定してくれたけど、一瞬その瞳にのぞいた暗い陰の色にリーゼは怯え、そのままうやむやにしてしまった。

 もしこのとき少し立ち止まって、隠された事情に思いをめぐらせていたら、結果は変わっていたのだろうか。

 リーゼはなにも気づかないまま結婚の日を迎えた。
 壮麗な大聖堂で二人は愛を誓った。公爵邸の広間で開かれた宴には、結婚を祝福するために多くの人が詰めかけた。
 隣には愛するアルベルトがいて、このとき確かにリーゼは幸せな花嫁だった。

 雲行きが怪しくなりはじめたのは、人酔いしたリーゼが一人で広間を離れ、外の空気を吸っていたときだ。

「クラウディア様は、まだ塞ぎ込んでらっしゃるのですって」
「仕方ないことじゃないかしら。将来を誓い合った恋人を横取りされたのだもの。夜会でお見かけしたときだって、とても仲睦まじそうだったのに。まさかこんなことになるなんて、ねえ……」

 物陰から聞こえてきたのは、才色兼備で有名な第二王女の噂話だった。リーゼは、遠目に見た美しく品のある佇まいを思い出し、非の打ち所のない彼女でも失恋することがあるのかとのんきに同情した。だから、続いて登場した身近な人の名前に息を飲むほど驚いた。

「アルベルト様も罪なことをなさいますわね。いくら運命の番が現れたからって恋人をこうも冷たく捨てるだなんて」

 その恋人がくだんの王女を指していることは、いくら察しが悪いと言われるリーゼでも分かった。

 つまりクラウディア様は、私のせいで捨てられた?

 二人が並ぶ姿を想像する。美しい王女と美しい公爵令息。怖いくらいにお似合いだった。彼らは仲睦まじく、将来を誓い合っていたという。
 先ほど聞こえてきた横取りという言葉がふっと頭に浮かぶ。

 ――それでも、今愛し合っているのは私のはず。

 自分は間違ってなんかいない。そう強く思い込もうとする。なにかが食い違っているような違和感が胸に広がったけれど、リーゼは気付かないふりをした。
 これは運命の恋なのだ。だから、間違いなどあるはずがない。
 懸命に自分に言い聞かせ、もと来た道を戻った。
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