運命の番は真実の愛の夢を見る
 広間の真ん中では、リーゼと対になる衣装をまとったアルベルトが人に囲まれて談笑していた。そばに近づくと、彼はすぐにリーゼに気がついた。

「気分はよくなった? ……まだ少し顔色が悪いみたいだね。もう少し休んできたら?」

 真っ直ぐこちらを見つめる瞳は、後暗いことなどなにひとつないかのように澄んでいる。胸の違和感が、また強くなった気がした。

「……大丈夫。あなたにばかり、お客様の相手を任せるのは申し訳ないもの」
「いいんだよ。リーゼはデビューして間もないんだし、僕を頼って、ゆっくり慣れてくれれば」
「でも……」

 リーゼがなおも遠慮しようとすると、アルベルトは苦笑し、さっと広間の様子を見回した。

「でも確かに、そろそろ僕らは退場してもいい頃合いかもね」
「え?」
「結婚の宴で主役が途中で抜けることは知っているだろう?」
「ええ、もちろん」

 宴に最後まで付き合っていたら日付けが変わってしまう。結婚した二人には、それより優先すべきものがある。
 昨日までのリーゼは、その先に待つものを想像しては真っ赤になっていた。けれど、今は別のことが引っかかる。
 なにも言えずにいるリーゼを恥じらっているとでも思ったのか、アルベルトは安心させるように微笑みかけると、客人たちに暇を告げ、リーゼを広間から連れ出した。

 手を引かれて廊下を進めば、にぎやかな空気は遠ざかっていく。やがて前方には開けたホールとそこから続く大階段が見えてくる。それを上った先にはもう、家族の私室や寝室しかない。
 身体を固くし、リーゼの足が止まりそうになったとき、視界の脇から白い影が飛び出した。

「アルベルト……!」

 声の主を視界に捉えてリーゼは目をみはった。二人を阻むように立ったのは、ドレス姿のクラウディアだった。どうやら夜会に紛れて公爵邸にやってきていたらしい。常に凛としている大きな瞳が、今は涙を浮かべてアルベルトを映す。

「本当にその子と結婚するつもりなの?」

 高貴に整った顔が悲痛さをたたえて切なげに歪む。今しがた聞いたばかりの噂話が胸によみがえり、リーゼは息苦しさを覚えた。けれど、応じるアルベルトの声はさえざえとしていた。

「おかしなことを言うね。結婚するつもり、じゃなくて、したんだよ」
「分かっているくせに。白い結婚は取り消せるわ。お願いもう一度考え直して!」
「何度考えたって変わらない。僕はリーゼを選ぶ」

 握られていた手が解かれたと思ったら、腰を引き寄せられて口づけされた。初めてのキスだった。離れていく金の前髪をリーゼは呆然と眺めた。
 クラウディアは衝撃を受けたように口元に手をあてる。華奢な肩ががたがたと震えていた。呼応するように、リーゼの手も小刻みに震えだした。
 胸にわだかまる違和感はもはや無視できないくらいに大きくなっていた。
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