恋するだけでは、終われない

第五話


 謎の存在というのは、人生においてスパイスになる。
 
 「新部長が決まったので、きょうはもう帰りましょう」
 前部長となった三藤(みふじ)月子(つきこ)の言葉により、きょうの部活はお開きとなる。

 ……ってあれ、次の部活はいつなんだ?
「その辺を、海原(うなはら)新部長が決めるんだよ」
 意外にも春香(はるか)陽子(ようこ)が、いきなり僕を突き放す。
 ええっ……。春香先輩はもっと包み込んでくれるキャラだと思っていたのに。
 すると、高嶺(たかね)由衣(ゆい)が。
「ダメですよ、そんなの海原ひとりに決めさせたら可哀想です」
「あら、ガラにもなくやさしいのね。ではおふたりで相談したらどうかしら?」
「いや、わたしは面倒くさいんで。でもそういうことをするのが三藤副部長ですよね!」
 なんだよ、いいヤツかと思ったら。単に押し付けてみようとしただけかい!

 まったく、どうしてこのふたりはすぐいい合いになるのだろう?
 都木(とき)美也(みや)も同じことを思ったのか……。じゃなくて、火に油を注ぎ出す。
「もう、なんならわたしが全部好きに決めちゃってもいい?」
「お願い美也ちゃん、余計ややこしくなるからやめて〜」

 ……スクールバスの最後列に陣取るこの四人の存在感は、いまや半端ない。
 一列前の座席に座る僕は、うしろを向きながらこのにぎやかなやり取りを眺めながら考える。
 黙っていたり、ひとりひとりと接しているときは、校内トップクラスの美少女たちだが。
 四人が揃うとその化学反応の激しさ故か、たまに夢から醒めてしまいそうになりそうだ。


 駅に着くと、都木先輩と春香先輩は、僕たち三人と反対方向へと向かう電車に乗る。
 高嶺が元気よく反対のプラットフォームに立つふたりに手を振ると、ひとりは明るく、ひとりは控えめに手を振り返す。
 三人で乗った列車はそこそこ空いていて。ロングシートに、三藤先輩、僕、高嶺と並んで腰かける。
 そういえばこのふたりはバスのときも、誰かを挟んでしか座っていなかった。
 ま、いまのところは、それでいいのだろう。


 ……そして、乗り換え駅から先のローカル線で。
 発車待ちの列車の『ふたり掛け』の転換式クロスシートを前に。
 僕たちは三人は、完全に固まってしまった……。

「せ、せっかくの機会ですので。親睦を深めるという意味でも、おふたりで仲良く並んで座ったらいかがですか?」
 せ、精一杯の笑顔で提案した僕を、ふたりの冷たい目が同時に僕を刺す。
 はい、痛いほど理解しました。
 絶対に隣同士でなんて座らない! ふたりして同じ意見なのに面倒な……、じゃなくて大変困った事態が発生した。

「高嶺さん、以降永遠に早い者勝ちでいいかしら?」
 三藤先輩の、大胆な提案からまたバトルが始まる。
「そしたら、早い駅から乗る人が絶対勝つからダメです!」
「それは明日の朝の話でしょう。なるほど、高嶺さんはもう完全なる敗北を覚悟しているということね?」
「は? わたしのほうが先輩より、コイツの隣に座って通ってる歴史が長いんですけど!」
「いまここで、歴史を語る必要あるのかしら?」
「そもそもわたし、日本史とか好きじゃないんですけど!」
「それなら世界史なら、得意なのね?」
「好きなのは家庭科です! 特に食べるやつですけど!」
 ダメだ、会話が明後日の方向に向かっている……。

 ガラガラではないが、それなりの人数が乗る車内で。
 このふたりのやり取りはそこそこ目立つ。
 いや立っているだけでも、ビジュアル的に目立つふたりなのだから、余計に目立つ。

「まぁ……。と、とりあえずきょうは、立ちながら話して帰りましょうか……」

「これだけ空いてるのに、なんで?」
「座れるのだから、座ればいいじゃない」
 僕のない知恵の提案は、当然のようにふたりに否決される。
 も、もしかして。部活をやるとこんなことが連日朝晩続くんですか?
 なんか早々にメンタルをやられそうな気がするのは、僕だけなんでしょうか……。


 そのとき。
 目の前に、どこかで見た雰囲気の女性が現れたかと思うと。
「はい解決」
 僕たちの前でシートをゴトン! と鮮やかに倒して、向きを変える。
 そうだった!
 この『転換式クロスシート』の利点は、自由に座席の向きを変えられることだ。
「確かに! こうすれば『四人掛』けになりますね」
「でしょ?」
「はい!」
 ……あれ? ナチュラルに会話しているけれど。
 この女の人はいったい……?

 すると、これまたどこかで聞いたような声色で、その女の人は。
「まだあなたたちの降りる駅までは、時間がたっぷりあるわね」
 ニコリと笑顔で、そういってから。
「えっと、わたしは進行方向に座らないと酔うからここね。同じく乗りものに弱い二年生はわたしの隣の窓際で、それから窓際の好きな一年生の元気なあなたはその前。それで余ったモテ男君は、わたしの前に座ろっか?」

 ……あっけに取られている僕たちをさておいて。
 その女の人は宣言したとおりの席にさっさと座ると、黒いカバンからカラフルな表紙の分厚い洋書を取り出し、自分の世界に戻っていく。
 勢いに釣られて、僕たち三人も彼女に『指定』された席に着くのだけれど……。
 な、なんなんだこの展開は……。
 というか、ど、どちらさまでしょうか?

「あ。朝の……」
 三藤先輩がそういいかけると、その女の人は一瞬顔を上げるて、僕たちを見てもう一度ほほえむ。
「ね、こういう解決方法もアリでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
「ごめんね、わたしはちょっと仕事があるから。あ、でも三人は、気にせず自由闊達に議論していてくれて構わないわよ!」

 高嶺と僕には、意味がわからなかったけれど。
 三藤先輩がありがとうございますと丁寧に頭を下げたので、同じことをする。
 なんだか、絶対どこかで感じたことのある雰囲気だけれど……。
 このときの僕たちは、まだそれが誰なのかは、思いつかなかった。


 結局、先ほどの勢いとは打って変わって。だが無言でもなく、僕たちは他愛のない話しをして時間を過ごす。
 もうすぐ、高嶺の降りる駅に着く、僕がそう思ったとき。
 謎の女性が顔を上げ、再び僕たちに声をかける。

「余計なお節介だったら、ごめんね」
「い、いえ……。おかげさまで座ることはできました」
 三藤先輩が、返事をすると。
「別に、すっごく顔見知りってわけでもないんだけどね。わたしたちふたりは毎朝同じ駅から乗って、隣同士の席に座っているの」
 え、そうなんですか?
「で、あなたたちふたりは中学のころからかな、うしろの席で並んで座っているわよね?」
 そ、そんな前から……。僕たちのことも知っていたんですか!
 続けて、謎の女性は平然と。
「だからもし良かったら、明日の朝からもこうして通ってみない?」
「へ?」
 じょ、情報量が多すぎて……。僕は固まってしまう。

 だがそれ以上に顔を赤くして固まっているのは、斜め前に座った三藤先輩だ。
 例によって、両耳が真っ赤になっている。
「あら、ちょっと説明し過ぎたかも知れないわね、ごめんなさい。じゃ、高一のお嬢さん、また明日」
 イタズラっぽい笑みを浮かべて、謎の女性が手を振ると。
 プラットフォームに降りた高嶺も、不思議な顔をしたまま手を振り返す。
 そのあいだ三藤先輩は、少しでも動いたらまたなにか暴露されるのではと思ったらしく、微動だにしない。


「さぁて」
 ゲッ……。
「次は君だね。モテ男君さぁ、いきなり本命を選ぶのは大変だろうけれど、こんなにかわいい子たちを悲しませないように、少しは真剣に考えなさいね!」
 お、思わず……。僕は背筋を伸ばして、はいと返事をしてしまった。
 いまはどうしても思い出せないが、絶対にこの手の女性に、最近会ったことがある!

 プラットフォームに降り、高嶺と同じく不思議な顔をしたまま。僕も手を振ってその人を見送る。
 えっと、三藤先輩は……。
 もはや黒髪の、頭頂部しか窓から見えなくなっていた……。


「……面白いふたり、やっと部活に入ったんだね」
「え、ええ……」
「ちょっと伝え過ぎてたらごめんね、でもよかったねぇ〜」
 ……謎の女性がそういうと、わたしはますますどう答えたらよいのかわからなくなる。

 ただ、不思議と不快なことはなくて。
 むしろこのあたたかい感じが、誰かととても似ているのだ。
 しかしいまは、どうしても思い出せない。

 わたし『たち』は駅を降りて、並んで改札を出る。
「じゃぁまたね!」
 そう声をかけられて、謎の女性が自分と反対側に進むことに、きょう初めて気がついた。
 しまった、考え込んでいて。
 お礼を、というかお礼なのかわからないけれど、挨拶をし忘れた。
 そう思って慌ててわたしが顔を上げると。
 謎の女性は、大きく、とても大きく。そしてやさしく、手を振ってくれていた。


 ……その夜わたしたち三人は、狐に摘まれたようなままでそれぞれ一晩を過ごした。
 考えていたのは、ただひとつ。

 ……いったいあの謎の女性は。


 誰に似ているのだろう?


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