恋するだけでは、終われない

第八話


 昼休みの部室に、結局みんなが集合する。
「みなさんそれぞれの『部活のご相談』、承ります!」
 僕はそう宣言したつもり、だったのに……。

「玉子焼き、きょうも美味しいね〜」
「ありがとう、母に伝えておくわ」
月子(つきこ)ちゃん、わたしも……、もらっていいの?」
都木(とき)先輩、どうぞ」
「きょうからは、春香(はるか)先輩経由でなくて自分でもらうようにします」
「あら、高嶺(たかね)さんも進化したのね」
 あ、あの……。
 誰も『相談』、ないんですか?

海原(うなはら)くんは、もう少し配慮があるのかと思っていたわ」
「ないみたいだねぇ〜」
「なんか、ないみたいだね」
「コイツに、そんなものはありませんよ!」
 ぜ、全然わからないけれど……。な、なにを僕は、間違えたのでしょうか……。

 結局『相談』の中身がわからないままに、お昼休みが終了する。
「次は、放課後だねー」
 中央廊下から階段を降り一年一組へと続く廊下を歩きながら、高嶺がのんびりと口にする。
 僕は不満、というより孤独だけれど。
 きっとお前は、満腹なんだろう……。


 教室へ戻ると、お節介マンの山川(やまかわ)が待ってましたとばかりに近づいてくる。
「なぁなぁ俺の新情報。おふたりさん、聞いてみたくない?」
 高嶺が、露骨に嫌そうな顔をして。
「アンタ、聞いといて」
「いや、お前聞いといてくれ」
「嫌よ、めんどくさい」
「どうせロクな話しじゃないから、聞いてやってくれ」
「頼まれたって、人生無駄にしたくないから、嫌です〜」
「あ、あの……」
「なによ、まだいたの山川?」
 高嶺が、山川にトドメを刺してくれてメデタシ、と思ったのに。

「もういいっス……。せっかく『機器部』の情報だったのに……」
「な〜んだ、そんなのかぁ〜。……って山川! 先にいいなよ!」
 アイツはそういって、トドメを刺した相手を生き返らせるみたいに、今度は山川に詰め寄る。あ、もちろん実際には距離を取るために僕の背中越しに、だけれど。
 仕方ない、情報屋山川に付き合うか……。


「え〜、おふたりのおられる『機器部』はですねぇ〜」
「山川さぁ。なんんかページの無駄だからセリフ書きは省略させて」
「えっ……」
 山川の出番は短くていい、そう高嶺がいってくれたので。ざっと文章で表現しておこう。

 元々、というより予想どおり。
 僕たちの部活は少なくとも都木先輩の代が入学したときはまだ、放送部と呼ばれていた。
 あの『機器室』の正体は、小学校や中学校のそれと同じく。どう見ても『放送室』そのものなのだから当然だろう。
 問題はそれにも関わらず先輩たちが『機器室』だといい続けることだ。
 恐らく、その鍵となるのは放送部の人間関係で。
 仕入れた情報によれば、またどんな理由かまではわからないものの、都木先輩は一年生の途中で部長となった。
 そして驚くことに、それからの部員は先輩『たったひとり』だったらしい。
 都木先輩が二年になると、あとのふたりが入部する。
 しかしその直後に都木先輩が辞めてしまい、今度は三藤(みふじ)先輩が一年生で部長、春香先輩が副部長となった。


「……でこのころには既に、『機器部』と呼ばれるようになっていたんだとよ」
 よかったな山川。最後だけはセリフとして残せたな。

「そんだけ?」
「そんだけって、高嶺さん?」
「そっか。……にしても、色々あったんだな」
「……って。カイハラお前まで! そんなんでいいのか?」

 いいもなにもないだろう、といいかけると。アイツが口を挟んでくる。
「コイツは、海原(うなはら)!」
 あ、いつも訂正、ありがとう。

「別に、先輩たちがいわないなら。それでいいんだ」
「え、そうなんスか師匠?」
「あのね、だいたい女の子なんてものには秘密が多いもんだから」
「そ、そうなのか……。なんかふたりして……。俺の友達ってやっぱ、いい奴なんだな!」
 勝手に友達認定されていることがわかって、高嶺がふたり分まとめてやってくれているくらい、思いっきり嫌そうな顔をする。
 ところが山川には通用しないらしく。目ヤニの残った両目から、ジワリと泥水、じゃなくて涙を流し出す。
「うえっ……」
 高嶺、ちょっとは黙ってやれよ……って。
 うえっ……。お願いだから鼻水まで出すのは、やめてくれ……。

 そのあとは、高嶺が。
「ティッシュだと思って使いなよ」
「ありがとう! やっぱ高嶺さんはやさしいよ!」
 牛の骨でもつまめそうな特大のピンセットを使って。山川に、短冊みたいに切ってある特売のチラシを渡している。
藤峰(ふじみね)先生の忘れ物って、たまに役に立つよね」
「なんか、微妙に変なものばっかりだけど。どこにあったんだ?」
「全部、アンタの机の中に入れてあったけど?」
 ……なんだか、色々とツッコミを入れたいけれど。
 ここは耐えよう。なんとか、平常心で乗り切らねば。
「で、どうだ? 俺の情報は役に立ちそうか?」
 山川は感動したのかと思えば、意外と現金な奴らしい。
 いや、むしろ情報屋ってこんな感じなのかもしれない。前にも思ったが、やっぱりスパイ小説ならすぐに消されるタイプだよな、こいつ。

「まったく頼んだ覚えはないが、わずかながら謎が解けた部分もあるから、聞いて損したとまでは思わないでおく」
「お、おう! まぁ、いいってことよ」
 ほめたつもりはないから、そんな得意げな顔をしなくてもいいんだぞ、山川。
「山川、たまには感謝しとくね」
 何度もいうが、高嶺はおとなしくしていればそれなりにかわいい。
 その証拠に、まだまだ免疫の足りない山川は。
 スカートの裾を両手で軽く持ち上げ、わざとらしくクネクネしている高嶺を見ると。髪の毛をボリボリしながら、顔を少し赤くして照れている。

 あまりにも単純だが、山川はいいヤツだ。
 そしてやはり高嶺は、恐ろしい女だ。
 僕からするとその仕草は……。
 スカートについた羽虫とかホコリをはらっているだけにしか、見えないぞ。


 ご機嫌になった山川が、トイレに行ったあと。
 真顔になった高嶺が、こちらを大きな目でみつめてくる。
 そうだよな、同じことを思ったよな。
「なぁ高嶺。先輩たちが話すまでは、聞かないでおこう」
 僕の提案に、高嶺は無言で力強く頷き、こう続ける。
「当たり前でしょ。大事な先輩たちなんだから」

 なんだかんだいっても、高嶺のこういう素直さは昔から変わらない。
 僕たちふたり共、あの先輩たちが大切なんだ。

 そう思ったとき、僕は自分が部長としてやるべきことができたと思った。

 この先は、誰ひとり途中で欠けたりしないで過ごしたい。


 『機器部』は、僕が守るんだ。


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